第5話・やっかい事は電話が運んでくる

 「通報します」

 「センパイ、愛が足りなすぎっす」


 いやだって、部屋に入ってくるなり襲いかかってこられたら当然だと思う…と床に座り込み、そしてスマホを片手にそう宣言する。

 もちろんうちの家族もいる家で、甘えた声をあげながらのしかかってくる秋埜が、本気でわたしを力尽くで手込めにしよーだなんて思ってないのだけれど、ここはひとつ保護者にご注進くらいしておかないと、今後のつき合いに絶対影響出てくるだろーし。


 「別にくっつくことに異論は無いけど、こないだあんな話聞かされた後じゃあちょっとは警戒もするってもんでしょーが。いーから秋埜はそこに座って反省。…あ、もしもし先生?」


 保護者ってそっちの方すか…、とホッとしたよーな困ったよーな顔の秋埜はかわいーと思うけれど、それにごまかされるわたしではない。

 予告した通り、しかるべき相手に…。


 『……ちょっと、なによ。連休の惰眠を貪っていた勤勉な保険医にアンタ何か恨みでもあんの?』


 …今からでも間違えました、って通話切った方がいいかなあ。余計な仕事しなくていいから、って進学校の保険医を志望したと自分で言ってるセンセイが、どの口で「勤勉」とか言ってるんだか。

 スマホと反対側の顔にきれーな顔を寄せてきた秋埜の顔を、ちらと見る。ほにゃっとした笑顔に何もかも許してしまいそーになるのを堪えて、通話の相手に集中。


 「センセイ。ひとつクレームをつけておきたいんですけど」

 『クレームぅ?中務に責任負わなきゃいけない事なんか何一つない清廉潔白な身の上の私にナマ言ってんじゃないの。で、何ごとよ』


 ずーずーしいことを言う割にはしっかり話は聞いてくれようとする辺り、このセンセを嫌いになれないわたしだ。


 今スマホの向こうで多分眠そうな顔をしているのは、相原大葉あいはら おおば先生。わたしと秋埜の通う高校の保険医の先生だ。秋埜の従姉妹でもあり、わたしが秋埜との関係にいろいろ悩んでいたときは相談に乗ってもらった……ハズ。あんまり役には立たなかったから。

 秋埜がわたしにのめり込むのにはあんまりいい顔をしてはいなかったのだけれど、そういうことになったらそれなりには応援してくれたから、今のこのじょーきょーについて秋埜に一言言ってもらうには最適の立場だと思う。


 「あのですね、秋埜に襲われました」

 「ちょっ、センパイっ?!」

 『………』


 事実でしょーが、とスマホを奪いにきた秋埜を躱しながら話を続けようとすると、しばし考える気配ののち、先生はこんなことを言ってきた。


 『秋埜があんたを襲う、ですって?逆じゃないの?』


 おい。それはどーいう意味だ。


 思わず顔からスマホを離して表示されている通話相手の名前を確認。うん、間違い無い。我が校きっての変わり者教師の名前だ。


 「…なんでわたしが秋埜を襲うって話になるんですか。仮にそーなったら秋埜は待ってましたとばかりに攻守逆転してわたしの方が一方的にゴニョゴニョされる流れじゃないですか。こら、離れなさい」


 背中から抱きついてきてわたしのお腹の前で両手を組んでる秋埜を片手で引き剥がしつつ、話を続ける。肩のうえにあごを乗せてきてるものだから、髪が顔をくすぐって気持ちいい…じゃなくて。


 『それが全然嫌そうじゃない辺り、お里が知れるってもんよ。で、そんな惚気話を聞かせるために電話してきたわけ?こっちは寂しい三十路前のヒトリモノなんだから、これ以上耳に毒の話を続けるようなら手を回して内申点全滅させてやるわよ』

 「ほんとに出来そうだからそういう微妙にリアルな嫌がらせやめてください」


 このセンセ、学校中の教師の弱み握って女帝として君臨している、なんて噂がにわかに信憑性を増すというものだ。


 「とにかくですね。わたしのてーそーの危機ってやつなんです。秋埜が懐いてくるのは気持ちいいですけど、もー少し落ち着きと慎みを持てって一言言ってあげてくれません?」

 『………』


 先生、だんまり。わたしは「ひざまくらだー」とか言って頭を乗せてきた秋埜の頭を撫でながら返事を待つ。ていうかこーいうやり取り、スマホの向こうで察知してるんだろうなあ。


 『…まあ、仲良くやってるみたいだし、それは悪いことじゃないと思うけれどね。でもね、女の子同士の恋愛についてなんかアドバイス出来ること無いってのよ。告白するのしないのの段階なら力にもなれるけど、その後のことなんか教師が口出すことでもないでしょ』

 「教師じゃなくて身内として言って欲しいんですけど…」

 『それこそ口を挟む筋合いじゃないわよ。あんたも秋埜も、家族にはちゃんと認めてもらってるんでしょう。ならその信用を裏切らないことを心がけなさい。どちらもね。私の言えることなんてそれくらいのものよ』


 …また痛いとこを突いてくるなあ。


 先生の言った通り、秋埜はお父さんに、わたしは両親とおばあちゃんに、二人の関係を認めて…というか、黙認気味に知ってもらってはいる。

 そりゃあね、一人娘としては申し訳ないなあ、って思うとこもあるのだけれど、好きなんだから仕方ないじゃない。それに、家族を裏切ることだってしたくなかったから、秋埜とつき合うことになったとき、わたしは家族にも事情を詳らかにして自分の思っていることを全部伝えた。それで、まあ否定されることは無かったのだから、確かに先生の言う通りに二人だけのこととして何もかもしてしまうわけにはいかないのだと思う。

 けど、緒妻さんには思う通りにすることも時には大事、とか言われちゃったしなあ…彼女が出来て、家族も大切にしたくて、それで思う通りにするとか言われてもどーすりゃいいんだか。


 「……んふふふふ」


 わたしのお腹に顔を向ける姿勢でごろごろしてた秋埜を見下ろす。目が合ったらとても幸せそーにほにゃっと笑ってた。

 なんだかたまらなく愛しくなって、秋埜の頭の左側にあるしっぽの髪を指にからめて、きゅっきゅっ、って梳いてあげる。

 それで髪が引っ張られる度に秋埜はまた「んっ、ん…」ってなんだか艶めかしい声をたてるものだから、わたしとしては妙な胸の高鳴りを覚えるのだ。


 『……なにやってんのよ?』

 「いーえ、なにも。それよりどうします?お話してもらえるなら代わりますケド」


 えー…そんなのどーでもいっすよー…、とかいう秋埜の甘い声の抗議を無視…して、先生にバトンタッチしよーとしたのだけれど。


 『そうね。そっちの件とは別だけど、秋埜には話があって。代わっ…ああいいわ、こっちからかけ直す。秋埜には他にひとのいない場所で電話待ってなさい、って伝えて』

 「はあ。わかりました…じゃあ、お願いします」


 こっちの目的を果たしてもいないのに、お願いしますもないものだ。

 相原先生の意を伝えたところ、秋埜はきょとんと「何すかね?」とかわいく聞いてきて、でもわたしに分かるわけもなく、なんだか勝手な言い草で相原先生のことをやーやー言ってたら、秋埜のスマホが鳴り始めた。


 「不粋もいーとこだなあ、このオバさんはー」


 秋埜は、従姉妹である相原先生のことを「オバさん」と言う。本人は下の名前の「大葉さん」と言ってるのだ、って言い張ってるけど、言われる度に相原先生の顔がヒクついているところを見ると、まあ実態はお察しください、ってところなのだろう。傍から見る分にはなかなか微笑ましい光景ではあるけれど。


 「じゃ、ちょっと外出てきますね」

 「うん。先生によろしく」


 きっとわたしには聞かせづらい話なのだろう。気にはなったけれど、秋埜は先生の言いつけ通りに、わたしの家を出てお外で電話に出るみたいだった。

 あ、もしもしオバさんー?えー、ちがうよー名前呼んでるだけじゃーん……って、何度か見たやりとりの背中をわたしに見せつつ、家を出ていく秋埜。

 別に不安になる必要なんかないんだけど、相原先生が秋埜にだけ伝えてわたしに聞かせたくないことってなると…あー、うん、なんかこの、奇妙にモヤっとした感じ。なんなんだろう。嫉妬?…な、わけないか。


 …とか、秋埜がいつも使ってるクッションを抱いてゴロゴロしてたら、秋埜が戻ってきた。割と早かったけど…。


 「どうしたの?なんだか顔色わるいけど」

 「…んー、まあ、オバさんもよけーなこと言ってくれるなー、ってだけでして。別にダイジョーブっすよー。センパイ、続きしましょ?」

 「続きって何の続きよ」

 「何の、ってナニの続きに決まってるじゃないですか」


 意味がわかんない。

 一見、いつも通りの調子の秋埜に見えたけれど、その後の会話というと、どこか上滑りしたものに終始して、何か気持ちのよくないことが起きたのだろーなー、ってことだけは分かった。

 それで秋埜をすぐ問い詰めたりしないのは…まあ、わたしなりの、恋人への気づかい、ってやつだと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る