第4話・お昼休みの少女たち
「センパイの部屋に行きたいです」
連休の合間の学校で、秋埜がこう言い出した。
ちなみに今は、お昼休み。中庭で持ち寄ったお弁当を囲んでいる。
先月に秋埜の誕生日があって、誕生日のお祝いに何が欲しい?と聞いたら、一週間弁当を作って欲しい、ということだったので、言われたとおりわたしは秋埜のコックさんを務めていた。
というのも、…それはまあ、わたしの誕生日の時に、秋埜の誕生日にはお弁当作るのでもいいか、とか苦し紛れに申し出たのだけれど、まさか本当にそーして欲しいって言うとは思わなくって。しかも、メインのおかずに冷食使わないこと、って縛りが厳しくて…と思ったのは最初のうちで、そのうちお弁当レシピ通りに作れるのが面白くなったり、アレンジが上手くはまった時の快感を覚えたりして、彼女にお弁当を作るというだけでなく、なんとなく家族全員分のお昼を作ることが、今も続いていたりするのだった。
「良いけど、うちの家族は連休中出不精を決め込んでて、二人きりになんかなれないわよ。わたしが受験生ってこともあるから」
うすーくニンニク風味をつけたチキンカツを突きながら答える。
ちなみにこの味をつけたニンニク醤油だけど、ニンニクそのものじゃなくてニンニクの芽を使っていて、匂いが後に残らない優れもの、だったりする。ひとさまのレシピに感謝。
「センパイも苦労してそうですなー。あっきー、実は肉食系ですし」
「実は、でもなんでもないんだけどね…。最初からわたしに対してはグイグイだったし」
「ですなー。むしろセンパイの方がヘタレあいたっ」
「もっちー、うちの彼女になんてこと言いやがるか。あ、センパイこれ美味しーすね。作り方教えてくれません?」
「はいはい。なんかもー、秋埜とレシピの共有も随分進んだ気がする」
「うむうむ、仲良きことは、です」
なお、秋埜と二人きり、なのではなく、秋埜の親友でわたしとも仲良くしてくれている、
わたしと秋埜の関係は、もちろん学校ではオープンにしてたりなんかしないけど、事情を知ってくれている幾人かの友だちにはこーして微笑ましく見守ってもらえる間柄に…。
「あっきー、愛しのセンパイのお弁当を独り占めはいくなくないか?具体的にはそのカツおくれ」
「やらない。センパイのご飯は誰にも譲らない」
「だそーで。愛されてますなー、センパイ」
「ありがと」
…まあ、結構明け透けな子だから、こーして弄られるくらいは甘受しなくてはいけないのだけれど。
ただ、他のひとの耳もあるところであんまりこーいう会話するのも、際どい状況ではあるんだけどなあ。
「壁に耳ありなんとやら、だもの。三人ともそこそこ注目浴びる立場なんだから、気をつけた方がいいわよ」
そして、もうひとり。こちらはわたしの数少ない、学校での友人と言える
「…突然話に割り込んだ身で言えることじゃないかもしれないけど、どうして中務さんは私を拝むの?」
「いろいろ思い出したことがあったから、かな?それより用事が無いのなら混ざっていかない?」
「そうね。一人寂しくお昼ごはん、っていうのも味気ないからご相伴に与るわね」
そういえば中務さんとお昼一緒するのも久しぶりね、などと言いながら、同性ながら見とれるような
「おや、星野先輩。二人の邪魔をするとは野暮ですので、こちらで仲睦まじい様子を一緒に愛でましょ?」
「そこまで趣味悪くないわよ、もう」
苦笑する星野さん。わたしは別に気にしないし、秋埜も似たよーなものだと思うんだけどな。
それはともかく、相変わらず上級生が相手でも気後れしない今村さんだ。ちなみに星野さんと今村さんがこーして気兼ねないやり取りをどうして出来るようになったのか、というと、まあわたしと星野さんが一緒にいたところを、失礼な話ながら「センパイ友だちいたんですね?」と無遠慮に今村さんが弄ってきたことがきっかけだったりする。
星野さんは初対面のひとには割と難しい性格してるし、今村さんはこのとーりサバサバしてるから、当初ハラハラしながら見てたのだけれど、遠慮が無いようでいて守らないといけない線はきっちり守る今村さんの性格を看破してか、星野さんもあまり気にしてないみたいなのだった。
仲良きことは美しき哉、っていうのはむしろこの二人に対してピッタリな言葉なんじゃないだろうか。
中庭の芝生席は、ちゃんと後片付けさえすれば上がり込んでお昼を食べるくらいのことは大目に見られているから、春も大分深まったこの時期は他にも賑やかに過ごす生徒達でごった返す、ってほどではないにしても、手を伸ばせば隣のグループに手が届くくらいではある。
だから、わたしと秋埜の関係について察せられるようなことのないよう、十分な注意が必要…かというと、まあ仲の良いグループで盛り上がってるトコが、いちいち他人のことなんか気にしないと思うんだけどなあ。
「そうでもないわよ。中務さん、こう、最近男の子に言い寄られた時に言ってることがあるじゃない」
「言ってるけど。『遠いところに好きなひとがいるので、ごめんなさい』って」
まあね。こー見えてもモテカワ系女子を持って任じていた時期もありますので、男子から声かけられることは少なくないわけで。
以前は期待を持たせないよーに気をつけつつ、わたしの「かわいい」ってステータスを傷つけないよーな対応を心がけてたんだけど、秋埜にそれはみっともないからやめろ、って
けど、それが却って違う層に受けが良かったみたいで…それで困ったので、星野さんが言ったように、正体探られない程度には遠距離に好きな人がいる、ってことにしているわけなのだ。まあ、本当に好きなコは、ある意味性別的には遠いところなので全くウソを言ってるわけじゃないのだし。
「…なんか、前にも同じようなことがあったけど、それが鵜方さんじゃないか、って噂になってるのよね。知ってた?」
「………」
「………」
思わずわたし、秋埜と顔を見合わせる。ちなみに今村さんはその隙をついて秋埜の弁当箱にちょっかいかけようとして秋埜に頭を引っぱたかれていた。懲りない子だなあ、もお。
「時間の問題、って気もするわね。中務さんはもとより、鵜方さんだって料理上手で気の良い活発系美人、ってキャラだと男の子の気は引くでしょうし」
「うちは別にそーいうつもりはないですけど」
「天然だったら尚更よ。中務さんみたいな養殖モノに引っかからないなら、余計にいい男の子が揃ってるでしょうね」
養殖モノって。否定はしないけど、もー少し言い方ってものがあるんじゃないだろうか。いや、それより…秋埜に言い寄る男の子、ねえ……確かに、わたしに秋埜を紹介してくれとかいうふざけたクラスメイトも過去にはいたけど。
「ほら、そこでジェラシってる嫁のフォローくらいしといたらどーだ、あっきー?」
「へ?」
…どーも、考えていることが表に出ていたらしい。
自分では分からないのだけれど、眉間に妙に力が入っている感じがして、慌てた顔の秋埜が、取り繕うように「違いますよ、センパイっ?!」ってわたわたしていた。
ちなみにその隣の今村さんは銜え箸でにやにやとし、星野さんはお澄まし顔でフルーツサンドをかじってた。
「別に秋埜が謝る必要なんかないでしょ。気にしてないから」
「いやまるきり気にしてないとゆーのもこい…とと、親しいコーハイの立場としては納得しがたいといーますかー」
恋人、といいかけて慌てて言い直した「親しい後輩」って言葉に、なんだか胸がチクリとする。わたしと秋埜って、そんなに人目を憚るような関係なのかな、って。まあ、その通りなんだろうけど。一般的には。でも、なあ。
「あー、あっきーがセンパイ泣かしたー」
「ええっ?!…あ、あう…そのー、麟子せんぱい?うち、なんてゆーかー…」
「…別に大丈夫だってば」
「でもー、センパイなんか、重苦しい顔してますしー…」
秋埜も何を気にしてるんだか。わたしもあなたも、家族や友人からの理解には恵まれてるんだから、後ろめたいことなんかないでしょーが。
わたしは、「ほら、時間無くなるから急いで食べてしまお?」と努めて明るく言い放ち、秋埜の曇った顔を少しだけ晴れやかにすることには成功する。
ちなみに星野さんは、我関せずとばかりにひとりで黙々と食事を続けていた。まー、こういう時余計な口出ししないひとだから、割と助かることも少なくない。
それで話の終わりといえば、やっぱり最初秋埜が宣言した通り、次の休みはわたしの部屋で過ごすことにしたことだった。
折角の休日なのに部屋でゴロゴロ?不健康ね、って星野さんが呆れていたのには、流石にひとの目のあるところでいちゃいちゃするわけにもいきませんから、って小声で惚気て逆襲しておいたのだけれどね。
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