第3話・暴走オトメの恋語り

 「落ち着きました?」

 「私はいつも常に冷静沈着、完璧な女よ?」


 まだ大分混乱してるっぽかった。常に、と、いつも、がダブってるし、って今はそういうことはどうでもいいのか。わたしもけっこー混乱してるみたいだった。

 落ち着きを取り戻そうとわたしはお茶の代わりに冷たいカルピスをもらってきて、緒妻さんの前に置き、自分はベッドに腰掛け年上の幼馴染みの様子にじっと見入る。


 「あら、どうかした?」

 「うーん。相談持ちかけたわたしが言うことじゃないですけど、緒妻さんと大智はやっぱりのんびりしたペースでいいと思うなあ、って」

 「…褒められてると思っていいのかしら」

 「別に褒めてるわけでも貶してるわけでも…それぞれ相応しい速さで変わっていけばいーだろーなー、ってことですよ」


 わたしに言われたくないでしょーけど、って苦笑したら、緒妻さんはカルピスのグラスを両手で持って転がしながら、ちょっと困ったように微笑んでいた。

 …見たところ、緒妻さんは大智との関係を進めたいのに、大智が鈍いのか緒妻さんを大事にするあまりガマンでもしてるのか。なんとなく両方のようにも思えて、近いうちハッパかけておいた方がいいかな、って余計なお世話を計画してしまう。ほんとーに、大智は罪作りなヤツだ。フった女の子にそんな心配させる辺りなんか特に。

 「…相談された私が逆に聞くのもおかしいと思うんだけれど。お麟ちゃん、いい?」


 割とトロいとこのある緒妻さんがまだ中身に手を付けていないグラスを落としてしまわないか内心ハラハラしていたら、意を決した風に常に無い厳しい顔を向けられた。なんだろう?


 「……その、キス…って、したとき…どうだった?」

 「…………ええっ?!」


 …それはわたしだって驚くってものだろう。

 緒妻さんはとても綺麗で勉強も出来て料理も上手いし気立てもいい。欠点と呼べるものがあるとすれば類い希なる運動音痴なところくらいだけど、男の子にとって女の子がそうなのはそれほど欠点だとも思えないし。

 そんな緒妻さんが……えと、こう、男女の仲のアレな部分に困ったところを覚えてか、年下のわたしにおずおすとそんなことを言い出すところとか…これはもう、わたしに「いじってください」って申し出てるみたいなものじゃないだろうか。


 「…どう、って言われても。さっき言いましたけど、秋埜とキスするとすごく気持ち良くって、くっついているとだんだん頭がぽやややー、ってしてきて何も考えられなくなるっていうか…あのー、何言わせるんですか、もー」


 …なんだけど、ここで欲望の赴くままに緒妻さん弄りすると後が怖そうなので、断腸の思いでこらえてマジメに答えておいた。「マジメに」答えた内容自体が我ながらアレだったっていうのはさておき。


 「そう、よね……うん。私もね、時々衝動的に、こう、大智の胸に飛び込んで目をつむって上を向いてしまいたくなることもあるんだけれど…」

 「そんなこと聞いてません。けど緒妻さんにしては珍しいこと聞きますけど、どうしたんです?」


 っていうか、ほっといたらまた両手で顔を挟んでツイスト始めそうなので、早めに止めておく。

 さっき大智に「YOU!早く奪っちゃいなYO!!」的なメールでも送ろーかと思ったことなどすっかり忘れて、わたしは冷静なアタマで話を先に促す。


 「あ、ごめんなさいね。うん、まあ焦るつもりはないって私も言っておいてなんだけれど、やっぱり気にはなるもの。それに大智って相変わらずモテるみたいだし…私が卒業しちゃった後の学校で何があるのか心配で心配で…」

 「さっきも言いましたけど、大智に限ってそんなことあるわけないですって。緒妻さん、わたしこれでも男の子にはウケがいい方だと思うんですよ。そんなわたしから告白して、それでその場ですっぱりフラれたんですから、大智の学校の女の子が、わたしよりもかわいくて大智の琴線に触れる、なんてことあると思います?思うよーでしたら、緒妻さんとの付き合い考え直しますからね?」

 「う、うん……そう、そうよね…お麟ちゃんほどの女の子に迫られても揺るがなかったんだから、私のこと一番大好きに決まってるわよねっ?!」

 「そうそう。だから緒妻さんももっと自分に自信もってくださいー」


 最後のトコは白々しい口調になってしまったけれど、言ったことはわたしの心からの本音だ。

 秋埜のことが無くたって、わたしがこの二人のことを祝福したい、って思うのは嘘偽らざる気持ちなんだから。


 「そう…よね。私も、もう少し自分の気持ちに正直になったっていいわよね?」

 「いいんじゃないですか?大体、今まで遠慮してただなんて緒妻さん図々しすぎます。どれだけわたしも秋埜も胸焼けさせられたと思ってるんですか」

 「そうよねっ!……うん、ありがとお麟ちゃん。私、今から大智のところに行ってくる!」

 「それがいいです…え?あ、あの緒妻さん…?大智って確か部活の遠征とか合宿だったんじゃ…」

 「何処に行っているかは聞いているから!近くに行って顔見てくるくらい構わないわよっ!じゃっ、お麟ちゃん、私はこれでっ!!」

 「え?あ、ちょ…緒妻さんっ?!そこまで勢いづくほど大智とキスしたかったんですかっ?!」

 「あったりまえじゃないっ!大好きなひとと一つになりたい乙女の夢、今こそ果たしてみせるわっ!待っててね大智ー!」

 「緒妻さんっ?緒妻さぁんっ!!」


 止める間も無くわたしの部屋を飛び出して行く緒妻さんを、わたしはぼーぜんと見送ることしか出来なかった。

 やばい。

 コレ、大智に絶対後で文句言われるやつだ。


 『りぃん姉ぇぇぇぇぇ……』


 とかってものすごーく暗ぁい声で文句言ってくる様が…ありありと想像できてしまう…。


 そんな風にどうしよどうしよって頭を抱えていたわたしだったのだけれど、こんな時に限って手元に置いてあったスマホがLINEの着信を告げる。

 まさかもう大智のトコに着いて早速文句言われる流れっ?!……とかあり得ないことを考えてしまって、でもさすがにそれはないか、と気を取り直してトーク画面を開く。

 そしたら、何のことは無い、今出て行ったばかりの緒妻さんからだ。


 『ごめんなさい、自分のことばかりでお麟ちゃんを困らせてしまったわね』


 …まったくですよ。緒妻さんの暴走に振り回されるのは珍しくないですけど、今回のはとびきりでしたから…とは返信せず、とりあえず既読スルー。


 『だからお麟ちゃんにアドバイスすると、気持ちのままに突っ走ることも時には大事だと思うから。がんばって』


 ………一応、既読にはなる。わたしと緒妻さんの二人のルームだから、他に誰か読むわけでもないメッセージを二度、三度と読み返す。

 …あのですね。緒妻さんが気持ちのままに突っ走った結果が、今のわたしの頭痛の原因じゃないですか。

 『わたしは悪くない、って大智に納得させることだけはやっておいてくださいね』とだけ返信して……えーと、あとは最近手に入れた、ポニテの女の子がこちらに背中を向けて体育座りをし、『勝手にしやがれ』って頭の上に大書されたスタンプを貼っつけておいた。緒妻さんの反応なんか知ったことか、もー。

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