第2話・招いた客とのアレ談義

 「直接会うのは久しぶりね、お麟ちゃん」

 「ですね。どうです、大学の方は?」


 連休の中日、大学の授業のお休みだと羽を伸ばしていた緒妻おづまさんを、わたしは自分の部屋に招いていた。

 もー、勉強大変よ、と右手をぱたぱた振りつつ笑いながら腰を下ろした緒妻さんは、言葉とは裏腹に受験生当時の余裕っぷりがそのまま続いているような、相変わらずののんびりした笑顔だ。

 一時期、大智のことで錯乱…じゃない、取り乱した時はあったけど、基本いつも通りを貫いて受験を乗り越え、都内の国立の医大に現役合格を果たしたこのひと、保志緒妻ほし おづまさん。

 わたしの幼馴染みのもう一人で、わたしの初恋だった大智の、現許婚。一帯の旧家のお嬢さまにして才色兼備、性格もほんわかお姉さんという完璧超人だ。加えて、秋埜におべんと作るためとゆー不純な動機で修行中のわたしなんか問題にならないくらい、料理の腕前も上々だから、もう大智のことを好きでも無意識に抑え込んでいたのって、このひとにはとても敵わないなあ、って思ってたせいなんじゃないか、って今にして思う。

 でも緒妻さん自身とわたしは、わたしのことを「お麟ちゃん」と気易く呼んでくれる、とても仲良くしてくれる先輩とじゅーじゅんな後輩、ってところだ。大智のことでわだかまりがあったりは…まあ、そこら辺はわたしとしても一端のオトメだから、いろいろ伏せておきたいこともあるので深くは触れない。今は、わたしの尊敬する人生の先達、ということで。


 「それで、相談したことって何かしら?お麟ちゃんのことだから大概自分のことは自分で解決しちゃうと思ってたから、私も頼ってくれるのはとても嬉しいけれど」

 「あ、はい。これどーぞ。わたしと秋埜の大好物なので」


 緒妻さんの脱いだ上着を預かってハンガーに掛けてから、用意してあった甘玄堂のチョコパイドーナツを、お茶と一緒にお盆に載せて供する。

 甘玄堂は都内に何店舗かある和菓子のチェーン店だ。洋風のお菓子を和菓子風にアレンジしたものが人気で、高校生のお小遣いでは頻繁に買える値段ではないのだけれど、緒妻さんや秋埜みたいな親しい仲のひとには積極的に食べさせてあげたくなるのだ。


 「ありがとう。お菓子といえば最近どう?」

 「あー、お弁当つくりにかまけてばかりですね。折角秘密の奥義を伝授してもらったのに、もったいなくてごめんなさい」


 それほど大袈裟なものじゃないわよ、と緒妻さんはころころ笑ってる。

 まあ確かに、洋菓子に大切なバターの温度管理のコツみたいなものを教えてもらっただけで、奥義は言い過ぎかもしれないけれど、わたし的には目からウロコだったものだから、つい、ね。

 けど今年はわたし自身が受験生で、お菓子作りにつぎ込む時間が怪しいのもあるからなあ。どっちかというと、お菓子作りより勉強の方を緒妻さんに教えてもらいたいトコだけど、医大の学生に高校生の受験勉強みてください、っていうのも簡単な話じゃないだろーし。


 わたしと緒妻さんは、わたしの部屋で茶盆を間に近況の報告みたいなことをする。

 最後に会ったのが緒妻さんの卒業式のあと…一回みんなで遊びにいった時だから、新生活のことについてあれやこれやと話が弾むかと思ったのだけれど、大学という新しい環境について話題の豊富な緒妻さんの方がどうしても話の中心になってしまうわけで。

 で、一方わたしの方はというと、受験生生活の始まりを受けて、特にどーということもなく、勉強についてのアドバイスなんかはあってもそれ以外の話となると…秋埜とわたしの関係は、緒妻さんは知っていてくれて、でも自分から興味本位で触れるのもちょっと違うとでも思っているのか、自分から話を振ってくることもなくて、さて今日緒妻さんを招いた本題となると、ね……。


 「どうかした?お麟ちゃん」

 「え?…あー、うん、ちょっと話した方がいいかどうか迷ってて」

 「秋埜ちゃんのこと?」

 「まあ、それに関係あるというか、なんというか」


 さすが緒妻さん、鋭い。っていうか、わざとらしいくらいに秋埜の話題は避けてたから、無理も無いかあ。

 おかわりもらってきましょうか?と申し出ようかと思うくらいには冷めていたお茶を、緒妻さんはお行儀良く両手で湯飲みを持って口にする。

 そんな姿をわたしはカッコイイなあ、と思いながら、言い当てられたんだからもう言うしかないか、と小さくため息をついて、話し始めた。


 「…緒妻さんて、大智とセックスしました?」

 「っ?!………ん、くっ……けほ、けほっ………」


 あ、むせた。別に狙ったわけじゃないけど、ここで秋埜みたく吹き出したりしない辺り、ほんとーに緒妻さんは育ちがいい、と湯飲みをどーにか盆の上に置いて突っ伏してる緒妻さんを見下ろしながら思うわたしなのだった。


 「けほっ、こほっ……あ、あ、あのね、お麟ちゃん……いきなりなんてこと言うのよ、もー……」

 「…ごめんなさい。でも二人見てると、あれだけ仲良くって、そーいうのもありそうですけど幼馴染みの二人がそーいう関係になるってのもあんまり想像つかなくって」

 「だからって本人に直球で訊くことでもないでしょうに…もう、あぶないところだったわ」


 重ね重ねごめんなさい、と、起き直ってハンカチで口元を覆っている緒妻さんに、再度お詫び。


 「……それで、実際のとこどーなんです?」


 …で、話を終わらせるつもりもないのだけどね。


 「……興味本位で訊いているんじゃないでしょうね、お麟ちゃん」

 「割と真面目な話だと思いますケド」

 「なら私も真面目に答えるけれど。ありません。私も大智も、まだ清い体のままです」


 そーいうことを清いとか汚れたとか言っちゃうのも時代がかっているなあ、緒妻さん。


 「…なんか話の流れとかでそーいう雰囲気になったりしたこと、ありません?」

 「それは、大智だって男の子なんだから興味無いってことはないと思うわ。でも、本当にそうなろうってつもりは…少なくとも私は焦るつもりはないし。私と大智の関係からして急ぐ必要なんかないもの」


 それはそうだ。許婚、って関係なんだからちゃんと籍を入れてからいくらでもできちゃう…うん、今日のわたしはなんだか品が無い。


 「で、そんなことを訊いてくる理由ってなあに?秋埜ちゃんの話が今日はあまり無いことと関係、ある?」

 「実はおーありでして。あの、秋埜がわたしとそーいうことしたがってるみたいで。わたしとしてはどーすればいいのか、他に相談出来るひともいないものですから」

 「……そういうことね。納得したわ」


 納得されてしまった。緒妻さんの中で秋埜ってどーいう捉え方されてるんだろ。


 「じゃあ、私も真面目に訊くから、ちゃんと答えてね?」

 「はあ」


 その上で何を尋ねてくるのか。むしろ好奇心と共に待ち構える。


 「キスはもうしたの?」

 「しましたよ。コクられたその日に。実は秋埜とすると気持ちいいんで、わたしもキスは嫌いじゃないです」

 「…あー、うん。小さい頃を知ってると、あの腕白小娘がよくもまあこんなに育ってくれたわね、って思うわ。いいけど」

 「なんでいじけるんですか…あ」


 と、フローリングの床に「の」の字を書く緒妻さんを見てなんとなく想像がついた。要するに、緒妻さんて大智とはまだ……あー、そういうことか。


 「…どうしてそう生温かい視線を向けるの?お麟ちゃん」

 「いえいえ。二人とも奥手だし、むしろ微笑ましいなー、って」

 「……誰のせいだと思ってるのよ、もー」

 「え、まさかわたしのせいですか?」


 こくん、と恨めしげに上目遣いで見られる。なんでだろ。


 「…だって、お麟ちゃん大智にずぅっと心寄せてたのは知ってたし、大智だってお麟ちゃんのこと大切に思ってたのも知ってるし…私はそんな二人が本気になっちゃったらどうしよう、ってずっと怖かったから…」

 「その件はもう済んだ話じゃないですか。大智はわたしよりも緒妻さんのことが大事。そんなの分かりきってるでしょうに」

 「でも、頭では分かっても長年染みついた負け犬根性?は払拭出来ないわよ。大智は奥手っていうより私のこと大切にしてくれるから、自分から強引に求めてきたりはしないけど、私はまだどこか遠慮があって…」


 それでわたしの方が大智と違う相手見つけちゃって、一人でさっさと新しい関係楽しんでいたら…ああ、それは緒妻さんも恨み言の一つも言いたくなるってものか。

 年甲斐もなく半泣きになりそーな緒妻さんを見て、わたしは心から申し訳なく思う。いや、別にさっきまでがおざなりだったわけじゃないのだけれど。


 「…それは済みませんでした。けど緒妻さんと大智は、きっとそれくらいでちょうど良いですよ」

 「…それどおいう意味?」


 まだ恨めしい顔の緒妻さんに、わたしは自信たっぷりに請け合うように、満面の笑みで伝える。


 「大智と緒妻さんがその気になったら、その日のうちに行き着くとこまで行っちゃいそうですもん。だから、恐る恐る距離探るくらいの方が周囲を糖尿病にしなくていいってもんです」

 「………そ、そういうもの?」

 「そーいうものです」


 やっぱりなんだか疑い深げ。

 でもなあ、高校生の頃から人目を憚らずイチャつくこと甚だしかったもの、この二人。

 キスすらまだだった、っていうのは意外を通り越して想像すらしてなかったのだけれど、それであの有様だったっていうなら、今まで抑えていたものが取っ払われたりすると…うん、止めておこう。考えただけで甘味で胸焼けがしそう。


 「だからゆるゆるやっていった方がいいと思いますよ。あ、大智がそれで緒妻さんに愛想尽かすなんてこと、絶対ありませんから。あののんきボーヤがそれくらいのことで、緒妻さんから離れたりしませんって。緒妻さんより付き合いの長いわたしが保証…しま………あ」


 自分の失言に気付いて、どよーん、って感じに雨雲を背負い込んだ緒妻さんを慌てて介抱…じゃなくて、慰めに…ああもう、これもなんだか逆効果になりそうだし。普段は非の打ち所の無いお嬢さんなのに、こと大智のことになるととことんめんどくさいことになるなあ、このひとはもー。


 「…うう、今日は大智は試合の遠征だって家には戻らないらしいしぃ……」

 「電話でもすればいいじゃないですか」

 「そんなことしたら他の部員の子に何を言われるか…」

 「大智の学校じゃ今さらじゃないですか、緒妻さんと大智の関係なんて」

 「でも、でもぉ…」


 愚図り続ける緒妻さんを必死に宥め、慰めることに貴重な連休の休みのうち、この後一時間が費やされることになった。

 いくら自業自得とはいえ、あんまりだと思うのだけれど。わたし、自爆。

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