第十一話 グレちゃんとご飯の関係

 排尿痛を起こして受診してから、病院の勧めもあってグレちゃんのご飯を変えた。とうに高齢猫用には変更していたが、病院でしか買えない腎臓サポートフードを加えることにしたのだ。


 『加える』というのは、ブレンドするということである。市販のキャットフードでも同じだが、食べ慣れたご飯をいきなり全部違う物に替えると、警戒して全く食べなくなることがあるからだ。一方で、本猫ほんにんが好きなご飯でも、ずっとそれを続けると飽きて食べなくなる。人間の食事ほど変化の必要はないが、時々は違う物をブレンドして飽きさせない工夫は必要だ。

 一方で、病院で手に入れる類いのご飯は、何故だか犬でも猫でも食い付きが悪い。まあ、人間だって病院食は美味しくないというのが定番なので、同じようなものだろうと思っている。だから最初は、四分の三がいつものご飯、四分の一が腎臓サポートという具合でスタートした。

 高齢猫と超高齢猫の境目にいるグレちゃんだが、歯石が多少あるぐらいで、虫歯も歯槽膿漏もなく、幸い歯も全部揃っているので、以前と変わらずドライフードを食べている。グレちゃんが腎臓サポートに慣れて食べてくれるようならば、徐々に比率を三対一から三対二へ、やがては二体一から一対一へと持って行きたいところだ。


 けれども、当面の問題は高齢故の脱水であるのだから、可能であればウェットフードを少しでも食べて、水を飲む以外での水分補給が出来れば、より良いとのアドバイスも病院で貰った。───が、グレちゃんは若い時から、ウェットフードがあまり好きではないのだ。

 しかし、『食事で水分補給』は、人間の介護の現場でも言われることである。わたしは無駄になることを承知で、各種ウェットフードを買い込み、チャレンジを繰り返し、最終的にモンプチの高齢猫用少量スープに辿り着いた。これであれば、ウェットフードが苦手なグレちゃんも、舐めるだけで口にすることが出来るのだ。

 美味しい物は得てして体に良くないことは判っているが、水分が足りない状態は、体への悪影響が比較にならない程大きい。だからこそ、毎日与えるわけではない物なので、ここで手を打つことにした。


 二〇一三年・平成二十五年の八月に排尿痛を起こしてから、食事と水分量を徐々に調整して、グレちゃんは、取り敢えず平常の健康状態を保っていた。二〇一四年・平成二十六年・一月に検診を受けた時には、体重は四.九kgのまま───この調子で行きましょうと先生に励まされ、このまま細かい食事の管理を続けて行くことになった。


 わたしと先生の打ち合わせはともかく、グレちゃん自身がどんな様子だったかというと───はっきり言って、いつもの調子である。

 二段しかないキャットタワーのお立ち台の上で、香箱座りで長時間うつらうつらと日向ぼっこしていたり、階段を上がる速度が遅くなったり等、多少の変化はあるが、くっつき虫でおしゃべりで甘えん坊なのは相変わらずだ。ついでに、わたしを呼び付ける女王様的な態度も。


 けれども、徐々に───同年の四月上旬ぐらいから、徐々にドライフードが食べ辛そうな様子になって来た。脱水が進めば、口の中が乾く。当然、『ドライ』であるご飯は飲み込み辛いだろう。

 なので次の手として、パウチになっているウェットフードも導入した。ウェットフードは、開封してから長時間置いておく事が出来ないので、出来るだけ少量の物を選ぶ。そして、幾らかでも口内が潤えば、少しはドライフードも食べるので、水・ウェットフード・ドライフードとグレちゃん用のお皿は三つになった。

 そして、これまでの生活の中で美食に慣れさせておかなくて良かったと、この時になって心の底から思う。

 元野良だったグレちゃんと野良仔猫だったぷーに与えていたのは、病院推奨食よりちょい下の高額な健康食品の次に当たる、健康食品系のややお高めの市販のご飯だったのだ。飢えや粗食を経験していた猫娘たちは、喜んでそれを食べてくれていた。美食に当たる物は、年に数回のお誕生日イベントの時にしかあげていない。だから、食欲不振の時に美食系をあげると、うにゃうにゃと喜んで食べてくれ、それを期に食欲を思い出し、他の物も食べられるという方法が取れたのである。


 四月の下旬、ご飯を腎臓サポートに変えた関係も含む定期健診で、改めてウェットフードの件も相談した。

 体重は四.六kgとまた少し減っていたが、腎臓の検査の数値は、一月と変化無し───つまり、食事療法が上手く行っているということである。だから、食が進むのであれば、市販のウェットフードを多少導入するのもいいでしょうとのことだった。

 受診する度に先生から、腎臓は代替器官のない臓器で、機能が低下した場合は現状維持が治療方針で、低下した機能を向上させるすべがないことを、幾度も説明された。おそらく、事前知識のない飼い主さんには理解し難い事柄なので、念には念を入れて説明してくださったのだろう。それが判るので、大人しく拝聴してはいたが───ごめんなさい、先生。人間の医療関係者でも動物の医療関係者でもないわたしですが、腎臓に関しては、実は説明不要なのです。

 約九年続けて来た介護タクシーの利用者さんの多くは、人工透析の患者さんだ。週三回、月・水・金の方と火・木・土の方を、出勤している限り盆も正月もなく毎日複数人担当しているので、腎臓の機能に関しては、否応なく異常なまでに詳しくなっていたのだ。それ故に、『高齢猫は腎臓に支障をきたし易い』という事実を、重大なこととして受け止めている。とにかく、食事療法が最善の手だということも、充分過ぎるほど理解していた。


 その日のグレちゃんの様子を踏まえた、食事の管理。帰宅直後に、どのくらい食べられたのかをチェックして、「おお、今日はよく食べたね。ありがとうね」と声を掛ける。

 可能な限りの時間をグレちゃんと過ごし、ブラッシングを兼ねて被毛や皮膚の様子や変化に注意を払う。

 「今日もいっぱい出たねぇ、良かったねぇ、グレちゃんは偉いねぇ」と声をかけながら、排泄物のチェック。

 そうして、二人三脚で日々の健康を何とか保ってはいた───が、次の変化が訪れたのは、二〇一四年・平成二十六年の十月の下旬。

 十月の中旬までは、いつものように外部の人にも愛想がよく、新調したパソコン用のインターネット配線工事の人にさえ、おしゃべり猫の本領を炸裂させていた。毎日わたしが細々と構い倒しているので、甘えたい気持ちが満たされていたのか、これまでになく上機嫌続きのグレちゃんだったが、ある日、唐突に食事の量が激減したのである。

 本猫は上機嫌のまま、至ってケロっとしていて、痛みがあるとか、苦しいなどの変化はうかがえない。けれども、食べないというのは只事ではないのだ。このところこまめに病院ともコミュニケーションを取っていて、これという病変が無い事は、幾度も確認済みだった。


 病気ではない。

 けれども、食事をほとんどしない。

 それらの変化には、生き物マニアとして余りにも心当たりがある事だった。

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