第五話 グレちゃんとその後のぷー

 ハナちゃんが新居を構えて間もなくの頃、旦那の留守を狙い、グレちゃんを伴って遊びに行ったことがある。


 正直なところ、彼氏だった時代から知っている旦那を、わたしはあまり好きではなかった。最初に会った時、車でハナちゃんを我々の自宅に送って来て、それが飲酒運転だった事からして強烈に印象が悪い。職業柄、決して受け入れられない行為である。勿論、「飲酒運転をするような男に、うちの子は預けられない」としこたま説教したので、その後、わたしの知っている限りはしていなかったようだ。

 後日、三人でランチをした時の店員さんへの態度の悪さや、ハナちゃんと二人で外食している場所に、泥酔している状態でやって来たこと等───まあ、それに関しては、容認しているハナちゃんも良くないのだが、すっきり爽やかに身内贔屓のわたしとしては、ひたすら旦那の評価が悪くなるばかりだ。わたしも、その度に見かねて注意するものだから、旦那の方もわたしを苦手としていた。

 そんなこんなで、旦那が居ない時を見計らっての訪問となったわけである。


 新婚の2DKの部屋は、まあ、こんな感じだろうなと思った通りの状態だった。入ってすぐにキッチン。次の部屋がテレビとテーブル兼炬燵があるリビング。奥の部屋が寝室になっていた。

 多少雑然としているのは、生活感というものだろう。


 しかし、驚いたのはぷーの様子だった。

 リビングに設置された見覚えのあるキャットタワーの高い場所に陣取り、わたしに対してもグレちゃんに対しても、本気の威嚇をしてきたのだ。何だか、我々をまるで覚えていないように感じた。名を呼び、声をかけても、全く触らせようともしない。

 俗に、猫は三日で主人を忘れるという。けれども、そんな事はないということを、わたしは知っている。現に、グレちゃんはぷーに本気で威嚇されて、かなり戸惑っていた。

 引っ越してから何ヶ月経った? あれだけ長く一緒に暮らして、完全に忘れてしまったとは思えない。他に考えられることは───。


 新居に移ってから、ハナちゃんと旦那の間で、色々あることは聞いている。ぷーも、多少旦那に慣れかけていたとはいえ、ハナちゃんと旦那がギスギスしていれば、リラックスする事は出来なかっただろう。

 この家において、わたしは部外者だ。だから、踏み込んだ意見を云うことは出来なかったが、ぷーがこの状態になった理由が判るような気がした。人間だって、そうそう長期間の緊張感には耐えられない。ましてや、飼い動物はもっと敏感な上、人間の事情は判らないまま、飼い主の状態に強く影響を受けてしまうのだから。

 加えて、同居同盟時には、ぷーの避難場所だった我々も居ない。ぷーにしてみれば、家族の半分に見捨てられたと感じているのかも……。


 すべては、わたしの勝手な憶測である。


 新居での生活の実情を、リアルに知っているわけではない。

 けれども、ぷーの様子が尋常ではなく、とても心配だと、ひいてはハナちゃん自身もまた、大丈夫とはいえない状況なのではないかと───そう訊いた。

「大丈夫だよぉ」

 まあ、ハナちゃんだったらそう答えるだろう答えだった。

 けれども、わたしが訊くことで、注意喚起にはなる筈だ───それしか出来なかったのだけれど。


 その後も、幾度かハナちゃんの新居を訪ねたが、わたしはもう、グレちゃんを連れて行こうとは思わなかった。

 先住猫に警戒される知らない家に行くことが、高齢になったグレちゃんにとっていいことだとは思えない。ぷーにしても、外部から入ってきた相手にあれ程警戒心を露わにするのであれば、わたしやグレちゃんの存在もストレスにしかならないだろう。

 辛うじてほっとしたのは、最初の時もそのあとも、相変わらずハナちゃんとはべったりだったことだ。二人の絆は健在───それは、一つの救いではあった。

 けれども───。


 けれども、幾らかして、ハナちゃんと旦那が仔猫を拾った。拾い始めた───といってもいいかもしれない。

 正直なところ、いつかは拾うだろうと考えてはいたが、「もう?」と思った覚えがある。

 我々が猫の為の同居同盟をしていた頃も、「三匹目を拾ってきてもいい?」と何度かハナちゃんに訊かれた。その度に、わたしは駄目だと云い続けた。勿論、理由は幾つかある。


 一:先住動物が居る場合、新顔を同居させるのは簡単ではない。双方が慣れるまでの期間、飼い主がずっと一緒に居るのが望ましい。ハナちゃんもわたしも正規雇用で働いている以上、それは無理。

 二:現在、グレちゃんとぷーが上手く行っているのは、それぞれの飼い主がはっきりしているのと、人間と猫がそれぞれ一対一の関係だから、バランスが取れているのだ。では、新顔はどちらの飼い猫になるのか。それに寄っては、猫同士が二体一の関係になり、その後がどう展開するのかが判らない。

 三:経費は折半できるとしても、居住スペースを広げることは出来ない。飼い動物を増やすには、それに見合った居住スペースが必要。


 ───等々。

 ハナちゃんが、見つけた仔猫を拾って飼いたいというのが、どの辺りの欲求とルール則っているのか確認はしていないが、わたしの方は厳然たる───見ようによっては冷たいともいえるルールがある。ちゃんとした飼い方が、養うだけではないケアが出来ない頭数を、よく考えずに引き受けてはならないというルールだ。日々のご飯や世話、医療的なケア、そして一番重要な愛情。頭数が増えれば、当然人間の方も大変になる。その結果、最初の子を含め、引き取った子すべてを幸せにしてあげられなくなるのなら、本末転倒というものだ。

 だから、金銭的にも時間的にも余裕がない我々では、駄目だと云い続けた。

 だから、わたしというたがが外れたあとは拾うだろうと思っていた。

 けれども、まだぷーが、新生活に慣れて、安心して暮らしているように見えないのに『もう?』。それは早過ぎはしないだろうか?


 心配は勿論している。だが、ハナちゃんと旦那が決めたことならば、わたしが駄目だという筋合いではない。

 仔猫を、どういう状況で拾ったか聞いた筈だが、わたしはよく覚えていない。初めに拾った仔は最初から病気で、次に拾った仔は脱水症状が酷い状態で、長くは生きられなかった。確か、片方は数日しかいなかった筈だ。


 幾度も述べたことだが、それらの出来事を、ぷーがどう思い・感じていたのか、本当のところは判らない。

 そう、とうとう判らないままだった。


 二〇一二年・平成二十四年の九月二十六日───あまりにも突然に、ぷーの訃報を聞く。

 享年十二歳───シニアではあるが、飼い猫としては余りにも早い旅立ちだった。

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