サード・ステージ
或る日のお伽噺
君と、お噺をしたね。
いつかの休日。
風が優しい麗らかな春。
静かな夏の午後。
霧雨が降る秋の夜長。
澄み渡った空を玲瓏な月が渡る冬の夜更け。
わたしは、床に寝そべってテレビを観ている。君は、そんなわたしの肩口に小さな顎を乗せ、優しい息がかかる距離でずっとわたしを見ている。
君があんまり見詰めるから、わたしはテレビを消して、そっと君に額を寄せた。そして、囁く声でお噺をしたね。
『少し西の方にある大きな街の中のとある小さな町のひとすみで、
ちいさなちいさなにゃんこは産まれました。
とある大きな家の、狭い物置の床下で、
ちいさなちいさなにゃんこは兄弟姉妹たちと産まれました』
君は、低く喉を鳴らしながら、ぽつりぽつりと続くわたしの声を聞いていた。言葉の意味が解るはずがないのに、実は解っているようで、何だか嬉しそうだったね。
『
ちいさなにゃんこは産まれました。
まだ目も見えない、産まれたて・ほかほかのちいさなにゃんこ。
ふれるのは、傍らにいる兄弟たちのほかほかと、
ママにゃんこのミルクの匂いだけでした』
わたしが思いつきで紡ぐお噺を、君はずっと聞いていたね。
ちいさなにゃんこだった君を、わたしは知らない。
知らない事を残念だと思ったこともない。
わたしは、わたしが出会ったままの君がいいのだから。
ずっと見ていたね。
ずっと一緒にいたね。
たくさん、たくさん、おしゃべりをしたね。
最初は、野良猫のご近所さん。
今は、大事で大切なわたしの宝物。
緑の瞳と長いシマシマしっぽが素敵な、灰色猫の君。
そんな君とわたしだけのお噺をしようか。
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