第八話 グレちゃんとぷーは変死体

「本当にびっくりした。死んでるのかと思ったよ」

 と、電話をかけてきたのは、行方を晦ます前の友人Eだったかハナちゃんだったか……。

 人間女子二人、猫娘二匹の同居を始める前のことだ。

 その当時、彼女たちが住んでいたマンションの外廊下のコンクリートの上で、ぷーが仰向けで変な角度になっていたのだそうだ。しかも、真夏の熱波を浴びる日向で。

 慌てて連れて帰って介抱すると、意識を取り戻したぷーは、また外に出て行って日向で変な形になっていたらしい。つまり、単に日向ぼっこをしながらお昼寝していたという事だろう。

「まあまあ、現代の家猫の祖先はリビア猫だっていうからさ。犬よりずっと暑さに強いんだよ」

 と、云ったのはわたし。

 特にぷーは、グレちゃんに比べて短毛で、よりリビア猫に近いような印象だった。グレちゃんは、モフモフと撫でると指が埋まるぐらいには毛皮が深い。ぷーは、アンダーコートの量がもっと少なかったのである。

 この件を、『ぷりんの変死体事件』という。

 そうやって笑い話にしていたのは過去の話で、変則疑似家族同居を始めてからは、全くもって他人事ではない案件になった。


 とかく、猫という生き物は、日向ぼっこが好きなことで知られている。実際、余程の猛暑・酷暑でもない限り、日向にいることが多い。加えて、犬でも猫でもへそ天で眠るのは、現在の環境に安心し切っている証拠のようなもので、飼い主としては喜ばしいこと───の筈だった。いや、実際喜ばしい。

 そのだらしなく伸びきった体や首の妙な角度が、路上で事故にあった猫を連想させないのであれば。


 最初は、やはりぷーだったと記憶している。


 バルコニーの有る無しの関係で、ハナちゃんの部屋の方が陽当たりはいい。窓が幹線道路に面しているので、遮蔽物がなく、日照時間も長い。更に、ハナちゃん自身が冷房を好きではないので、窓を開放しているとはいえ、涼を求められるのは扇風機だけ───ハナちゃんが仕事に行って居ないその部屋で、ぷーがあまりに大人しくしているので、ふと様子を見に行った時、それを目撃した。


 仰向けになって、体のどこにも力が入ってない、奇妙な角度になっているぷーの姿。


 以前聞いた話をすぐに思い出したが、想像以上のインパクトがある絵面だったのである。駆け寄り・呼びかけ、息はあるもののぷらんぷらんなのを確認して、慌ててわたし部屋に連れて戻った。わたしの部屋にはクーラーがあるからだ。

 勿論、どの部屋も、猫達が自由に行き来できるようにしてはある。けれど、人間ですら自覚が無ければ熱中症で急に動けなくなるのだ。体が小さな猫であれば、『急』の加減ですら違うかもしれない。

 部屋には当然グレちゃんがいて、血相を変えたわたしに驚いて、一緒にぷーを覗き込んできた。

「ぷりん? ぷぷ? おい、意識はあるか?」

 意識が戻らないのであれば、病院へ───いや、その前にクールダウンか? 熱中症の犬を洗濯機風呂に突っ込む話はよく聞くが、そこまでする必要はあるだろうか?

 緊急事態の可能性有となれば、病んでから鈍ったわたしの脳味噌も、ニトロを投入したエンジンのように急速稼働を開始する。

「ぷー? ぷりん?」

 腕の中で軽く揺すりながら声掛けを続けると、ようやくぷーは目を開けた。焦点の合わない瞳でわたしとグレちゃんを見て、ノロノロと腕から抜け出そうとする。大丈夫なのか大丈夫ではないのか、まだ判断がつかない。取り敢えず様子をみようと、ぷーを床に降ろした。もしかしたら、そのまま水を飲みに行くのかもしれない。

 だがしかし、ナメクジかミミズかスライムの如き動きでぷーが向かったのは、お日さまが燦々と当たるハナちゃんの部屋だった。

 ずるずると、いかにも眠そうにハナちゃんの部屋に戻り、またしても変死体と化すぷー。

 事ここに至れば、ぷーが好きで・気持ち良くてそうしているのだと、否応なく判る。それならばそれで構わない。───こちらの心臓には、この上無く悪いが。


 猫は、自分が気持ちいい場所を見つける天才だという。

 廊下で、各ママの部屋で、ドアを開けっぱなしの風呂場のタイルで、快適に過ごせる場所をみつけては、日々変死体と化していく。

 ぷーのみならず、グレちゃんもまた……。

 近年では、SNS上で猫=液体説など流れているが、この説は実にツボをついていると思う。一緒に暮らしていても、何故にそうまでも苦しそうに見える形で寝なくてはならないのか、全くもって判らない。猫の関節が柔らかいことは知っているが、想像を軽く超える変形した姿は、笑えるのは勿論、ちょっかいをかけたくなることこの上ない。

 その衝動に負けた挙句、人間側が行う奇行が、いわゆる『猫吸い』というわけだ。


 そして、温かい変死体が常に一体~二体転がる家庭の惨状は、それだけでは済まなくなっていった。


 一応、女子のカテゴリーに入るわたしとハナちゃんである。それなりに、小さい物や可愛い物が好きだ。UFOキャッチャーで取ったぬいぐるみや陶器の招き猫三匹セット、自然素材で作ったミニチュアのアフリカの生き物たち、縮緬の端切れで縫われた和装の猫人形等々───それぞれの部屋のお気に入りの場所や、家の中のお立ち台や玄関先などに、ランチョンマットを敷いたり、ライトを一緒に飾ったりと、かなりの度合いで楽しんでいた───最初のうちは……。


 事件は常に、我々が居ない時か、眠っている時に起こる。


 玄関ドアを開けると遭遇する、温かくない方の変死体1号。隣の部屋まで旅をしている変死体2号。行方不明であることは確かだが、どこにいるか見つからない変死体3号。巨大生物(対比)に薙ぎ払われたサバンナに、生き別れになった招き猫三兄弟。ネズミ型のおもちゃは、毛皮を剥がれてグロい姿に……。

 温かい方の変死体は、それぞれの場所で、何事もなかったかのように素知らぬ顔で変な肢体となっている。

 当時、概ね犯人はぷーだとされていたが、真実がどうだったかは知らない。いやいや、長年一緒に暮らしていて、共犯が一度も居なかったとは言い切れないだろう。

 呆れ混じりの一休憩のあと、それでも一つ一つ拾い集めるのは、破損したり欠けたりしていないかを確かめる為だ。つまりは、破損した個所で猫娘たちが怪我をしていないか・これからしないか、欠けた部分を誤飲していないかを確認する為の作業だった。


 再建しても再建してもクラッシュされる小さなインテリアの数々───いつしか我々は、それらをおおっぴらに飾って楽しむ事を諦めてしまった。


 それもまた、猫と暮らす者の宿命なのかもしれない。

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