第五話 グレちゃんは接客部長

「うちには猫がいるんだよ」

「ホント? うわー、いいなぁ。触りたいなぁ」

 などという会話の後、自宅に客を招いたものの、いざ御対面となると猫の方が客に見向きもしない。下手をすると、姿を晦ませてうんともすんとも───という経験は、多くの猫と暮らしている人がしていると思う。個体差はあるが、猫は犬ほど外交的ではないし、飼い主の要求に必ずしも応えてくれないからだ。

 そして、紛れもない親馬鹿を自認しているわたしとしては、幾重にもグレちゃんの自慢話がしたい。


 転居したのち、わたしがまだ病で家にいる時間が長かった頃、わりと来客が多かったと思う。遠方のわたしの友人・ハナちゃんの従兄夫婦・わたしの兄嫁と産まれたばかりの姪っ子等々。

 お客さんが来て、台所に立つのはわたしで、グレちゃんはそのわたしにいつも付いてくる。

「わぁ、可愛い。触りたい」と、云われるのもいつものこと。逆の立場だったら、わたしも間違いなくそう云う。

 だから、「この子がグレイことグレちゃんだよ」と紹介すると、自分の話をされているという自覚があるらしいグレちゃんが、じっとわたしを見るので、「グレちゃん、ママ、お茶入れてるから、お客さんのお相手をお願い」と云うのだ。特に何かを期待したり、意識してのことではない。ただ何となく、話の流れ的にそうなる。グレちゃんと話をするのは、いつものことだったので。

 するとグレちゃんは、「うにゃ」といつものように返事をすると、わたしから離れてお客さんの方へすったかすったか───そして、ちょこんと隣に座るのだ。勿論、お客さんに触られても文句も云わず、大人しく撫でられている。

 さすがは、ご近所の猫好きオバサン&オジサン方に、美貌と愛嬌でご飯をせしめていた西の横綱。飼い猫になっても実力は健在だ───と、わたしとハナちゃんは思うだけ。

 けれども、周囲の反応はそうはいかない。


「ちょっと待って、今のは何? 何が起こったの?」

あおさんの言葉を理解しているのか?」

「いや、理解しているにしても、猫がいうことを聞くものなの?」


 常に話題は紛糾する。

 『ここんちの猫だからこうなのだろうか?』という結論が出そうにもなるが、『ここんちの猫』の片割れであるぷーは、お客さんに対してかなりのビビリで、どんなにみんなで和やかにワイワイしていても、頑として姿を現さなかったりするのだ(時には強制連行もするが)。

 いやいや、猫は普通そうでしょう。グレちゃんが特例なんでしょう。実は、猫の着ぐるみを着ている犬でしょう───と、云われ放題だが、わたしとハナちゃんの間では、「だってグレちゃんだから」で済んでしまうのだ。

 何の訓練をした覚えもないし、グレちゃんはわりと最初からそうだった。ハナちゃんとぷーと一緒になってからも、そうだった。はっきり言って、一緒に暮らしていない他の人には説明のしようがない。

 説明のしようがないまま、グレちゃんは我が家の接客部長に自然就任したのである。


 結局、そのままずっと、グレちゃんは終身接客部長だった。長く同居したハナちゃんとぷーとお互いの事情で離れ、わたしの実家に住むようになってからも、その地位は健在だった。

 実家に住むとはいっても、両親は昔から猫が苦手だ。「グレちゃんを連れて帰れないようならば、近くで賃貸を借りて住むから」とわたしが云った為、五十ン年前に建てられた離れに入居することになった。ライフラインが電気しか通ってない上、壁に断熱材も入っていないような離れだが、グレちゃんと二人、放っておいてくれるならありがたい。

 だが、実家にいると、これまであまり接して来なかった親族の付き合いが発生する。特に、正月に帰省する兄の一家とは、接しないわけにはいかない。兄夫婦はともかく、子供達には構いたいのがわたしだ。


 多くの場合、小型犬や猫は、基本的に子供が苦手である。簡単な理由としては、自分より大きな体で大声を出す上、不意に激しい動きをするので、理由が判らず恐怖を覚えるからだ。ただし、飼い主の赤ちゃんだと、また別の反応もあるとも聞く。

 グレちゃんが立派な老猫になった頃、実家に帰省した姪っ子と甥っ子がグレちゃんを抱っこしたいと主張したことがある。実家には犬もいたが、犬はわりと他所よその犬でも撫でさせてくれる。けれども猫は、家族以外に触らせてくれる子の方が少ない。当時、姪っ子は小学生、甥っ子は幼稚園児だった。犬猫が最も苦手とする年頃といっていいだろう。

 なので、わたしは二人にこう云った。

「OKだけど、グレちゃんはもうお婆ちゃん猫だから、大きな声を出したりしないでね。優しく・優しく話しかけて、優しく・優しく触ってあげてね」

 そして、良い子の返事をした二人に部屋の前で待ってもらい、合図をしたら入ってきていいよと告げ、わたしが先に部屋に入ってグレちゃんにお願いした。

「グレちゃん、会えば分かると思うけど、ママの姪っ子と甥っ子なの。ちょっとだけ我慢してあげてね」

 言い聞かせてから子供達を招き入れ、グレちゃんを手渡してあげると、二人ともそれはもう大喜びだった。けれども、一方のグレちゃんの顔ときたらっ!!

 おちょぼ口を引き締め、毛を膨らませ、両目を真ん中に寄せて、一生懸命我慢している事がありありと判る表情が───もう愛しくて・愛しくて堪らないっ!!

 当時五kg越えの大猫を上手に抱っこできない姪っ子&甥っ子と、わたしのお願いを聞いて我慢しているグレちゃんの写真は、わたしの大切な子達が写る宝物である。


 そしてまたある日、猫が嫌いなわけではないが、猫と接する機会が無かった為、いつもグレちゃんに戸惑い気味の弟がわたしの部屋に来た時、こんなことがあった。

 わたしは立って動いていたので、洗濯物を干していたか片付けていたのだと思う。概ね、弟はわたしに話があって部屋に来るので、ベッドに腰かけて普通に話をしていた。すると、グレちゃんが弟の足元に寄って行って、わたしに対してするようにうにゃうにゃと話しかけ始めたのである。

「お、どうした? 何か用か? 撫でて欲しいなら、ここまで来い」

 と、自分が座っている横のスペースをぽんぽんと叩いた。

 するとグレちゃんは、『ふぅ~』と深々と溜息をつき、気を取り直したようにベッドの上に飛び乗って、弟の横に座ったのである。

「…………姉貴……この場合、オレはどうしたら?」

 要求したことが通ったらとたんに対応に困るあたり、我が弟ながら柔軟性に欠けるというか、汎用性が効かないというか……。

「グレちゃんが要求に応じたんだから、公約に従って、手を抜かず撫でてあげてね」


 生き物には序列がある。それは、同種のグループでも異種混合のグループでも同じことだ。野性の掟とはそういうものなのだ。

 変則疑似家庭内では、わたし→ハナちゃん→グレちゃん→ぷーの順が確定事項だった。

 我が弟は、接客部長グレちゃんに対して、係長か平社員ぐらいの扱い。本人曰く───「オレはグレちゃんにあしらわれていた」ということらしい。

 そこが、順応性に欠ける弟と、常に二本目の尻尾を隠していると疑われていたグレちゃんの格の違いだった。


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