第四話 グレちゃんも健康管理

 ファースト・ステージで多く語ったことだが、グレちゃんがうちの子になった時、猫インフルエンザに罹患していて、酷い脱水症状を伴う重体で、後遺症に慢性鼻炎が残った。その経緯もあって、わたしはグレちゃんの健康状態に関して常に過敏だった。眠っていても、いつもと違うくしゃみ一つで飛び起きる程である。

 そのある種の過保護な母子家庭状態に、新しく一人と一匹が加わると、わたしの役割分担は、自ずと決まって来るというものだ。なにせ、紛う方なき最年長者なのだから。故に、ハナちゃんはわたしを『ねーさん』と呼ぶ。

 それでなくても、物心ついた頃からわたしの周りには病人や怪我人が多く、止むを得ず看護や介護に加わり、素人なりになんだかんだと詳しくなっていた。お陰で、勘違いされる職業No.1は看護師だ。

 健康管理の基本は食事の管理。そして病気も怪我も、早期発見・早期治療が大前提───それが、わたしの方針である。


 基礎情報として、グレちゃんは慢性鼻炎。ぷーは毛繕いが下手で爪の周りに炎症を起こしやすく、結膜炎になりやすい。ハナちゃんは肥満気味で糖尿病予備軍だった。

 そして、猫飼い家庭のヘルスケアは、日々のブラッシングからスタートする。主な小道具は、ざっくりざくざくとアンダーコートをキャッチするスリッカーブラシ、オーバーコートも艶出しも顔回りの細かい所も大丈夫なハンディタイプの豚毛ブラシ、細かい汚れや取り残しのアンダーコートを除去するコームの三種類だ。基本的にグレちゃんもぷーも、ブラッシングを嫌がることはなかった。むしろ『やって・やって』の状態で、手を抜くとクレームが出る勢いである。

 このブラッシングは、頻繁に・丁寧にすることによって、体の異変にほぼ気付くことが出来る上、コミュニケーションもスキンシップも兼ね備えるという、大変優れた習慣だ。ブラシに引っかかりがある場所には、小さな傷があったり、分泌腺が詰まってニキビがあったりもする。


 分泌腺とは、あらゆる動物が持っているもの。

 テリトリーにマークングをする時に、臭いを付ける為に各所にすりすりする部分に多くあるといってもいい。犬猫は顔回りや腰回り、お尻などだ。

 この分泌腺が詰まると、いわゆるニキビモドキになる。これを放っておくと、古い液と新しい液が交換されずに膿んでくるので大変なのだ。ペットサロンなどで臭腺絞りがメニューに入っているのも、同じ理由である。

 大人猫になった猫娘たちの体が充実してくると、このニキビモドキが顎下に多発した。主にグレちゃんが。

 そうなると、わたしの部屋は臨時野戦病院と化す。


 準備するものは、患部を露出させる為に毛を切る眉毛カット用のハサミ(狭い個所をカットしやすく、反った先端を外向きに持って使うので、猫娘たちに怪我をさせる確率が少ないから)、あとは御猪口に入れた奇麗な水、消毒液、綿棒とティッシュ。

 そして、ホールド態勢で捕獲する。先行は常にグレちゃんだ。

 ベッドを背に、もしくは座椅子に座り膝を立てて、胸にすがらせるように抱く。ポイントは長いしっぽを腿の間に入れ、後退することも左右に逃げることもし難くすることである。

 準備が出来たら、まず患部を確認し、大きいようであれば周囲の毛をカット。無言で行っていると患者(?!)も怯えるので、優しく声をかけながら。

「いい子だから、ちょっと見せてねぇ。(まだ)痛くないからねぇ」


 大人と人間は嘘つきである。


 患部が露出して、綿棒に浸した消毒液で表皮を奇麗にし、明らかに血膿が溜まっている場合、その先を躊躇ってはいけない。かなり手荒な手法だが、苦痛を長引かせない為にも、徹底的にヤルべしっ!───自分のニキビを潰す時と同じ要領だ。最初の一撃で、分泌腺を詰まらせている白い皮脂 or 膿を一気に絞り出す。猫娘たちは嫌がるが、この時点ではあまり痛みの心配はない。大多数の人が自分で経験していると思うが、白い皮脂を出すのはさして痛くはないものだ。

 問題は次だ。血膿を絞り出し切らなければ、患部はまた膿んでくるのだ。人間であれば薬で散らすという方法もあるが、それでも切って出した方が早いのだと、子供の頃に騙し討ちで実体験済みである。

 なので、本猫がどんなに嫌がろうが・痛がろうが、心を鬼にして絞って・絞って・絞り尽くす!!(別に切開するわけではない)

 この間、ハナちゃんはわたしの助手に徹してくれる。云われるがままティッシュを手渡し、綿棒を準備し、猫パンチを繰り出す手を抑えてくれる。

 そして、患部から赤黒い血膿が取り除かれ、薄い鮮やかな血に変わってからが後始末だ。綿棒に含ませた奇麗な水で洗い、水分を拭ってから化膿止を塗る。ただし、人間用の化膿止は強い薬なので、綿棒の先に少しだけ。不快感から手に付けて舐め取ったりしないように、まだ抱いた体制を崩してはいけない。「ごめんねぇ、痛かったねぇ。よく我慢したねぇ。グレちゃんは本当にいい子だ。これで良くなるからねぇ」と宥めながらしばし待ち、成分が浸透した頃合いに、残りを拭き取る───ここまでが一連の作業───もとい、治療だ。


 何故、グレちゃんが先行でぷーがあとなのかというと、グレちゃんがこれだけイニャーンな治療をされていても、ぷーは好奇心で傍まで来て見ているからだ。そのぷーをハナちゃんが捕獲し、わたしがグレちゃんを開放し、患者がチェンジされるという流れ作業。最も、ぷーは結膜炎用の目薬の点眼や、炎症になりかけの爪の回りの治療がほとんどだったが。


 この状況は、風呂場でのシャンプーの時にも応用されることになる。

 聡いグレちゃんを先に捕獲して、風呂場行き。阿鼻叫喚の坩堝と化した風呂場を覗きに来たぷーをハナちゃんが捕獲し、バスタオルでグルグル巻きにされたグレちゃんとチェンジになるわけだ。

 事が終わってしまえば、猫娘たちのブツブツを聞きながら、陽の当たる部屋で、それぞれのペアでひたすらタオルドライやブラッシングに励むのどかな情景が戻って来る。

 こうして、毛皮や皮膚のチェック&管理をすること、こまめなスキンシップをすることで、物言わぬ猫娘たちの異変を察知することができるのだ。


 そんなある日、こんな事があった。

 それは、ただ単に日向ぼっこ状態で、油断ゆるゆるの猫娘たちとたゆたゆしていた時のこと。わたしは、惜しげもなくおっぴろげられたグレちゃんの腹を玩んでいて、小さなハゲを見つけてしまったのだ。小指の爪の半分もない小さなハゲではあったが、皮膚疾患の下には大病が隠れていることもある。

 慌てて、ぷーを留守番に残し、ハナちゃんと二人、名医と評判の先生のもとに駆け込んだ。

 診察結果は───「これは、です」。

 ………

 それは確かに、猫も哺乳類だからへそがあるのは当然だ。けれども、猫のへその目撃談など聞いたことがない。

 毒気を抜かれて家に帰り、二人してきょとんとしているぷーを捕獲して腹を探したら───あった、おへそが。人間のものとは違ったけれど。

 結局は、心配し過ぎも良くないという、実例になったのである。


 冒頭に、健康管理の基本は食事の管理と述べた。日々の生活の中で、猫娘たちの食事には常に注意を払っており、さして問題はなかった。

 大問題だったのは、ハナちゃんである。

 好き嫌いはほとんどないが、大好きなものを特にいっぱい食べたがる傾向があった。───が、それを許すわたしではない。好きな物を食べてもいいが、同時にそれを排出、もしくは中和するような物も必ず食べてもらう。それに、人間には説明と説得ができる。斯くしてハナちゃんは、わたしが日々出す食事を大人しく食べる羽目になったのだった。


注釈:文中で行われた猫の治療等は、良い子は真似せず、病院の先生にお任せください。実行すると、大怪我をするか、獣医の先生に間違いなく怒られます。

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