第二話 グレちゃんとぷーの襲来
そのやんちゃ盛りのぷーが、ママことハナちゃんに連れられて新居に襲来したのは、わたし達が入居して、取り敢えずまったりと一晩過ごしたあと───つまり翌日である。この時、グレちゃんは五歳と数ヶ月。歳の差は明確だった。
初日、親(笑)同伴で引き合わせた時に、特に諍いはなかった。まあ、お互いに鼻を突き合わせて臭いを嗅ぎ合い、かまわれたい盛りのぷーが軽く猫パンチを繰り出し、貫禄マダムのグレちゃんにシギャーと怒られたくだりはあったが、第一段階突破と言ってもいいだろう。
まだ荷物の整理があった為、ぷー愛用の食器とベッドと抱き枕を置いて、ハナちゃんは一旦今のマンションに帰宅。ぷーは一晩を、我々と過ごすことになる。
わたしと猫二匹の状態で、性急に二匹をひとまとめにするのは愚策なので、先にぷーをハナちゃんの部屋に軟禁し、グレちゃんを開放した。
グレちゃんとしては当然ぷーを気にしていたが、隔離されている上に、自分のご飯とお水とトイレはちゃんとあるので、わたしにくっつき回りながらも、マイペースにお過ごしになられた。そして、ある程度グレちゃんが落ち着き、ぷーが寂しくなる前に、今度はグレちゃんをわたしの部屋に隔離。グレちゃんの食器を片付け、今度はぷーのご飯とお水を設置位置が被らないようにセットする。勿論、グレちゃんが用を足したトイレの掃除も終わらせて。
「ぷりん、お待たせ。入るよ」と、声をかけながら部屋を開けると、ぷーは猫ベッドで枕を抱えて大人しくしていた。まあ、いたずらする物もまだないから仕方がない。多少、目が真ん丸になっていたのは、やはり心細かったからだろうか。
幸い、わたしとぷーは面識がある。
最初に拾った時だけではなく、ハナちゃんのマンションに行く度に、かまって・かまって・かまい倒してきたので、『よく遊んでくれるおばちゃん』程度の認識はあっただろう。
だから、寂しがっているぷーを抱っこしたり撫でたりしているうちに、わりと簡単に元気を取り戻してくれた。そして、いよいよ探検である。
昨夜、グレちゃんとやった探検とほぼ同じことを、今度はぷーとする。
ぷーにとっても、新居は以前より広く、興味は尽きないらしい。人間用のトイレ(以前はわたしもハナちゃんもユニットバスだった)、人間用のお風呂場、遥かに広くなったまだ空っぽの押し入れ、キッチンに自分のご飯を見つけてモリモリ飲み食いをし、玄関脇のトイレで元気に用を足した。
わたしとハナちゃんにとって幸いだったのは、グレちゃんもぷーも共用トイレを快く使ってくれたことである。これがアウトだった場合は、もう一つトイレを設置しなければならなかった。
まあ、ここまではオールオッケー。
ぷーが安心してうとうとし始めたのを確認し、わたしはグレちゃんと共に眠った。
これからの生活で、グレちゃんとぷーの間に深刻な対立を生まない為には、優先順位を猫達に判るように明快にしておく必要がある。わたしにとってはグレちゃんが優先、ぷーは二番目。ハナちゃんにとってはぷーが優先、グレちゃんは二番目。そこは曲げてはならない。これは、ハナちゃんとも認識を共有していた。
特にグレちゃんは、本気で喧嘩した場合、ぷーより圧倒的に強い。仔猫の時に保護されて、そのまま箱入り娘になったぷーが、野良経験猫で雄猫とも縄張り争いをしていたグレちゃんに勝てる筈がないのだ。
グレちゃんの安心感が、この疑似家族の平和になるのである。
そして、明けた翌日から、ハナちゃんも新居で寝起きするようになった。荷物の搬入が終わるまでにはまだ数日かかるが、これでぷーも寂しくはない。
幸い、幾日か過ぎても、人間側が心配していたような深刻な対立は発生しなかった。猫娘たちは、あっさりと人間の親がいる部屋をそれぞれのテリトリーと決め、共有部分はちゃんと共有し、相手のテリトリーで過ごす時には遠慮をみせるという細やかさえあったのだ。案ずるより産むが易し───先人の言葉は正しい。
思いがけないことといえば、グレちゃんがぷーに多大な影響を受けたことだろう。
それまでのグレちゃんは、わたしと暮らすことになったことに対して遠慮があったのか、元野良ハンターとしての矜持があったのか、あまり大はしゃぎするということがなく、とにかく大人で聞き分けが良かった。加えて、人間が手にする猫じゃらしなどには無反応で、『アタクシがそんな物で喜ぶと思って?』といわんばかりの態度だ。遊ぶなら、外に行って遊ぶから、別にかまわないというのもあったかもしれない。
一方で、やんちゃ盛りのぷーは、遊ぶのもはしゃぐのも大好きだ。なにせ、まだ二歳にもなっていないのだから。
その楽しそうなぷーの遊びに、グレちゃんが乗っかったのである。
どれが最初に流行った案件かは覚えてないが、とにかく妙な遊びが流行った。
例一:トイレ突撃ごっこ───わたしでもハナちゃんでも、人間がトイレに入る時、あるいは出る時、足元を掻い潜って突入してくる。目的は、ブツを流す瞬間を猫娘たちが揃って覗き込むこと。轟音を立てて流れていく水とブツが、楽しくて堪らなかったらしい。「しまいにゃ、一緒に流すぞ」と云ったこと数知れず。
例二:スライディング───これは、ある程度の広さがないと出来なかったことだろうが、共有スペースに敷いてある三畳ほどのラグマットに、文字通りスライディングをかける。自分たちの体重で動かし、一緒に滑って行くのが楽しかったようだ。おかげで、何度きちんと敷きなおしても、そのままであった例がない。最終的には、「勝手に遊びなさい」と匙を投げたことはいうまでもないだろう。
例三:深夜の大運動会───猫と暮らしている人には、覚えがあるだろう。だが、これまで遊び相手がいなかった彼女たちは、それまでやって来なかった。なので、非常に白熱した。深夜に跳ね回る五キロ強と四キロ強の肉団子は、寝ている人間には凶器に等しかったとだけ述べておこう。
例四:ツチノコ───布団・敷物・座布団───とにかく何でもいいから、下に潜り込んで潜伏する遊び。本猫たちはかくれんぼのつもりだろうが、人間たちの間には警報が飛び交う。つまり、「ツチノコが出たぞぉ。足元注意っ!」と。
等々、度が過ぎたぷーが、時折グレちゃんに教育的指導を受ける場面もあったが、ぷーのおかげでグレちゃんは楽しく遊ぶということを覚えた。やがては、人間が手にしたおもちゃで遊ぶようにもなったのだ。
ただし、プロのハンターであるグレちゃんと遊ぶには、コツも必要である。釣り竿状の鈴付き羽で遊ぼうとしても、ただ振るだけでは乗ってこない。床でピクピク動いたり、時に跳ねたり飛んだり───つまり、獲物としての演技が必要とされたのだ。
いつも、何らかの一手間がかかる。それもまたグレちゃんらしさだった。
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