セカンド・ステージ

セカンド・ステージの前に・ハナちゃんのこと

 グレちゃんとわたし=あおの物語・セカンド・ステージを始めるにあたって、まず友人Hことハナちゃんについて語ろう。ちなみに、本人には承諾を貰っている。

 ファースト・ステージでも度々登場した友人H=ハナちゃんは、女の仔の雉猫で鉤しっぽのNorthern・Princessノーザン・プリンセスの飼い主で、わたしより九歳下の友人&妹分で、かなり長い間、我々と猫の為の同居をしたルームメイトである。───が、わりとその直前まで、わたしとは見知っているだけの全くの他人───なのは当然として、直接連絡を取ることもない本物の無関係者だったのだ。


 本来、わたしと係わりがあったのは、消息不明になった友人Eの方で、彼女は当時わたしが勤務していた派遣会社の同じ職場の同僚だった。

 友人Eを通して、彼女のルームメイトだったハナちゃんと知り合ったものの、会えば挨拶を交わす程度の仲でしかなかった。

 だが、わたしだけではどうしていいか判らない、なんだかんだの案件に巻き込まれた時、最も力になってくれたのがハナちゃんだったのである。


 わたしのヒューズが飛んだ時───酷いストレス障害になった時、自分もストレス障害を抱えていた友人Eが、良い病院を紹介してくれた。加えて、同病の二人に引き合わせてくれたのも、彼女だった。その二人は、元々はハナちゃんの地元の友人だという混線関係でもある。

 わたし以外に三人集まった同病の面々───その中で、特に強烈な印象を残してくれたのがTさんだ。Tさんは、ハナちゃんの幼馴染で、後日判明するのだが、友人Eを含むリストカッター仲間(?)でもあったのだ。

 リストカッターとは、わたしが勝手に付けた呼称だ。

 自分が遭遇したことや、聞き及んだ各方面の話をまとめると、最初は自殺願望やストレス障害の延長線上にある自傷行為から起こったリストカットの筈だった。けれども、救急搬送された折、それまで自分に関心が無いように見えていた身内や友人、恋人などが駆けつけて心配しくれるので、それが癖になってしまった人達のことをそう呼んでいる。

 勿論、リストカットをした人すべてがそうだというわけではない。そこまで至った人達は、本当に苦しい思いをしているだろう。事実、わたしも一度はした。

 わたしが呼称するところのリストカッターとは、自分を傷つけて周囲の関心を引き、そこに安心感を見出している───いうなれば、ストレス障害から派生したリストカット依存症の人のことである。

 例を挙げればきりがないが、そのTさんは彼女たちの中でも特に理解不能というか、理解したくない部類の人だった。


 当時───まだ数回会っただけで、これから交流するかしないか考慮中の頃……。

 その頃、わたしは長く使っていたPHSを、ショートメールやEメールが使えるからという理由で携帯に替えたばかりだった。

 Tさんもわたしも、お互いに重度の不眠症があるからだろうか、草木も眠る丑三つ時に、眠れないからといってメールや電話が来る。わたしが薬物療法を始めたばかりで、ようやく短い眠りに就くところであってもお構いなしだ。内容的には「今、何してますか?」程度だが、眠ることが非常に困難な状態の時に、これをされると堪らない上に、少々クレームを云ったとしてもやめてはくれない。

 更に驚いたのは、知り合って一ヶ月経つか経たないかの時の出来事───一ヶ月とはいっても、お互い単独の外出が難しい時期で、まだ数回しか会ってない状況で云われたこと。その内容である。

あおさんのお家に遊びに行ってもいいですか?」

「それは、まあ、いいけど」

「泊まってもいいですか?」

「布団もあるし、それもいいけど」

「───そのまま一緒に暮らしてもいいですか?」


 …………………………はい?


 脳内パフォーマンスが、これまでの人生ではなかった程に限界まで低下しているわたしは、何を云われたのか判らなかった。

 友人Eから、Tさんが置かれている複雑な家庭環境の話は聞いていた。だから、止む無く住んでいる実家から出たいのだということも、一応知ってはいた。

 けれども、まだ友人未満の、出会ったばかりの人間と、何故に同居しなければならないのかが判らない。

 大体が、物理的に無理がある。六畳1Kの部屋で、グレちゃんもいる。加えて、わたしには一人でいる時間が圧倒的に必要なたぐいの人間で、しかもプライベート時間の必要性は、病んでからというもの、増々重要になっているところなのだ。ついでに、現在のTさんには収入がないということも、ハナちゃんと友人Eからの情報で知っていた。

 それはつまり、わたし自身が病んで働けなくなり、不本意ながら家族の支援を受けている所に、パラサイトをしに来たいということなのだろうか?


 意味が解らない。


 その時、彼女をどう言い包めたのかは覚えていないが、その場での返答を辛うじて回避して逃げた。正直なところ、話し運びから明日にでもやって来そうな勢いだったので、必死で逃げた。

 直後、わたし→友人E→Tさんの関係から、友人Eに連絡を取ってどう対応すればいいのかを訊いた。

 友人Eの返答は、実にあっけらかんとしたものだった。

「同居しちゃえばいいんじゃない? Tも田舎(郊外住まいだったので)にいるより、街中に来た方が職もあるだろうし」


 あ……駄目だ。話が通じない、


 根本的な問題点や、わたしの危機感が全く通じていない───そういえば、友人Eも複雑な家庭の事情持ちで、ハナちゃんにほぼパラサイトをしている身の上なのだ。


 そんなこんなで困った挙句、友人EともTさんとも長い付き合いのあるハナちゃんに、後先考えず直接相談を持ち掛けたのである。それまで、ハナちゃんと直接のやりとりはなかったが、関係者全員を知っていて、病んでいるが故のぶっとんだ価値観を持たない人───つまり、唯一まっとうな判断を仰げる彼女たちの関係者だったのだ。

 今思えば、かなり思い切った決断であり相談事だ。それだけわたしの方も、切羽詰まっていたともいえる。


 こうして混線した危機の中で、ハナちゃんとわたしの縁は結ばれた。

 ハナちゃんは、Tさんの暴走を退け、二人が『同居すればいいな』という当事者を無視した希望を持っている友人Eを抑え、各種処理能力が低下していたわたしの力になってくれた。

 後日、今度は友人Eが各種問題を抱え込み・加えて自分でも例の事を起こした。その時は、わたしもハナちゃんの恩に報いるべく、現状で出来るだけの力を尽くしたつもりだ。

 そうやって、他の人からの貰い物でしかない多くの問題を乗り越え、リストカッター同盟の面々は去り、二人だけになってやっと、ハナちゃんとわたしは共に苦難を乗り越えた普通の友人になれたのである。


 だからこそ、少しあとで必要になった時、猫の為の同居同盟が設立可能だったのだ。

 人間の母と猫娘の組み合わせが二組。変則疑似家族の結成である。


 そしてようやく、セカンド・ステージが始まった。


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