第十七話 グレちゃんとぷー

 グレちゃんを語る上で、語らなければならない子がもう一人───いや、もう一匹。

 迷子の雉仔猫、後のNorthern・Princessノーザン・プリンセスである。


 それは、とある夏の休日の昼下がり、グレちゃんは日課のご近所パトロールに出ていて、わたしは例によって掃除等々の家事をしていた。グレちゃんが外出している時はいつも、玄関ドアにはチェーンをかけてスニーカーを挟み、いつでもグレちゃんが帰宅できる状況と換気の為の空気の通り道を作っている。

 すると、前触れもなしに、その隙間から見慣れない愛らしい仔猫が一匹。

 慌てるでもなく、怯えるでもなく、当然のように入って来て、わたしの顔を見るなり、仔猫特有の愛らしい高い声で『にぃー』と一声。

 唖然としていると、臆することもなく部屋の中を見て回り、グレちゃんのお水を飲んでいる。一息ついて落ち着いたのか、改めて熱烈に話しかけてきた。

『ママっ! ママなんだよねっ! ここがアタチのおうちなのねっ!』

 脳内超翻訳で変換すると、そんな感じ。

 確かに、猫ベッドもトイレもあるし、猫餌も水もあるけれど、一方で知らない大人猫の臭いも充満している筈───何がどうしてそう確信したのか全くもって不明。

 思い込みが激しいのか、仔猫ゆえに純粋なのか、単なるマイペースなのか……。


 わたしという人間は、何故かは判らないが物心ついた頃から生き物好きで、テレビの動物関係のクイズ番組では、友人にも家族にも発言を禁じられているぐらいだ。正直にいって、人間の命の重さと他の生き物の命の重さに差異はないと、本気で思っている変人さんである。

 だが、周囲に言われる程、優しいわけでも、見境がない類いの動物好きなわけでもない。


 野性には確たる野性の掟が存在し、人間が他の生き物と付き合う上でもルールが存在する。特に、家族として動物を迎えるということは、その命を自らの責任で天から預かることだと思っている。なので、自分の経済力や住環境を超える頭数を引き受けられるわけでもないし、避妊をせず産まれた仔達の全責任を負えるわけでもない。

 特に避妊は、その子の種族繁栄を断つ罪深いことだと思っているが、うちの子になった子を大切にする為には、その罪深さも受け入れなくてはならないと考えている。ましてや、「避妊するのは可哀想」などと主張した挙句、産まれた仔供達を遺棄する行為は、言語道断・本末転倒に他ならない。

 なので、避妊は人間側の身勝手な都合と判っていても避妊する。そして、時には受け入れが不可能な仔達を見捨てもする。現に、当時のご近所の小学生達が、拾った仔猫三匹を彼らの家で受け入れてもらえず、途方に暮れていたのを見かねて引き取って一旦自宅に連れ帰り、保健所に連れて行った事もあった。捨てたのはわたしではないが、子供達に再度捨てさせたり、ましてや保健所に連れて行かせるのは間違いだと思うからだ。それは、大人が負うべき責任だろう。

 里親が見つかるまでだとしても、離乳していない仔猫三匹を、フルタイムの仕事をしながら、グレちゃんと共に養育するのは不可能だ。三匹の仔猫と、自分にも覚えのある小学生たちの気持ち───少しでも手助けができる可能性があるどちらか一つしか選べなかった。

 なので、保健所に連れて行く前に仔猫たちをお腹いっぱいにしたのは、人間側の欺瞞で自己満足だと理解している。


 そんなわたしだから、当時住んでいたアパートがペット禁で、こっそり養育できるのも、経済的にも、グレちゃん一匹で限界だとよく判っていた。自分には、まずグレちゃんの生活と幸福に対する責任がある。

 惨いことかもしれないが、生後二ヶ月ほどの懐っこい仔猫さんには、「ここは君のおうちじゃないんだよ」と云い聞かせ、丁重にご退去願った。


 だが、一週間程して、その仔猫は再び戻って来たのだ。

 前回見た時より薄汚れて、愛らしかった声もダミ声になって、逃げるように飛び込んで来た。この一週間をどうやって過ごしていたのかは不明だが、只ならぬ苦労をしたのは一目で判る。

 今回はグレちゃん在宅時だったが、低く唸りはしたものの、グレちゃんもまた、いきなり攻撃を仕掛けるようなことはしなかった。野良で二歳まで過ごしたグレちゃんは、ご近所の野良ちゃんとも付き合いがあり、妊娠・出産も経験しているとみてまず間違いない。さすが、母経験者はよく判っている。

 取り敢えず、グレちゃんには六畳間に避難してもらい、仔猫を二畳のキッチンに隔離してから、ご飯と水、怪我の有無の確認をした。幸い、汚れているだけで、他は大丈夫そうだった。もちろん痩せていたけれども、がっついて食べられるようなら問題ないだろう。


 実はわたしの方も、すぐにご退去願った前回と事情が違ったのだ。

 仔猫の初回訪問のあと、当時の同僚で、比較的近所でルームシェアをしていた友人Hと友人E───特に友人Eが、「その仔猫、欲しかったぁ」と云っていたからだ。つまり、すでに引き取り先の当てがあったのである。

 付け加えるなら、わたしとしては、幼い身の上で二度チャレンジしてきた根性が気に入った。

 勿論、仔猫がご飯をしている間に、すぐに友人達に連絡を取った。

 幸い、是非に引き取りたいという返答を貰えたので、お腹が満たされて大人しくなった仔猫をタオルで包み、大きなリュックに入ってもらって、すぐに中型二輪でその友人宅へと移動した。中型二輪での移動は、仔猫にとって良くはないと判っていたが、十分とかからない場所だ。満腹で眠くなっているうちに移動するべし。

 何故なら、野良の仔猫は、何らかの病気を持っている可能性があるからだ。やっと健康になったグレちゃんと、多く接触させるわけにはいかない。それに、わたしの一番であるグレちゃんが、異常事態に耐えられなくなる可能性がある。わたしとグレちゃんの信頼関係と愛は、まだまだ育成途中なのだ。


 そうして友人達の家に引き取られた仔猫は、翌日に病院で検査をしてもらって、幸いにも健康体との太鼓判をいただいた。そして、様子を見てからのワクチンと避妊───それらのことをきちんとしてくれる友人と判っていたから、安心して託すことが出来たのである。

 仔猫は、それぞれに生き物好きな彼女達に受け入れられ、競走馬が好きな友人EからNorthern・Princessノーザン・プリンセスと名付けられた。


 雉柄でヘーゼル・アイで鉤しっぽ。マイペースで押しの強いやんちゃな女の子───この子が、のちに友人Hとわたしとグレちゃん、人間女子二人・猫女子二匹で長く同居することになったぷーなのである。

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