第八話 グレちゃんのおかえり
一人と一匹で生活をスタートさせた最初から、かなりハイレベルの困難と混乱があったが、グレちゃんは無事に復活をした。
点滴だ・薬だ・流動食だと、かなりバタバタしたので、実のところ、健康体に戻ったグレちゃんをわたしが出勤している間どうするのか、その時点では何も考えていなかった。ぼんやりと思っていたのは、野良で生活していたのだから、全快したあと、1Kの部屋はテリトリー的に狭いだろうと、そんなことぐらいだ。
勿論、現代の猫の飼い方として、『猫ちゃんの為に、完全室内飼いにしましょう』と推奨されているのは知っている。
仔猫の時から飼っているのであれば、その通りだろう。ペットショップ出身や、外で辛い目にあった保護猫もそうかもしれない。けれど、グレちゃんの場合は?
確かに、野良だったからこそ罹ってしまった病気だった。けれど、野良で暮らしていたグレちゃんが、辛そうに見えたことはない。
猫達には、本猫が本当に望めば、野生動物のように外で自由に暮らす権利があるのではないか? 外で暮らしていた子を、人間自身の安心の為に、家屋やケージに監禁してしまうのもまた、虐待の一種ではないのだろうか?
おそらく、正しい回答はない。
けれど、「病状もそろそろ大丈夫かな?」と思い始めた頃、グレちゃんは出勤するわたしと一緒にナチュラルに家を出た。そのままスッタカスッタカと先に歩いて行き、中型二輪で出掛けるわたしを駐車場で普通に見送ってくれた。
グレちゃんの態度があまりに普通過ぎて、わたしは『駐車場にいるグレちゃん』の図を、病気になってうちに来る前にも何度も見てしまっていたので、あろうことか何の違和感もなく受け入れてしまったのだ。
会社に行きながら、『もしかしたら、このままグレちゃんは元の生活に戻っちゃうのかな?』と思いはしたが、大人の猫でもあるし、グレちゃん的にはアリなのだろう。勿論、うちの子にすると言った自分の言葉に嘘はないし、このままお別れとなればとてつもなく淋しいが、グレちゃんが良い方を選んでいいのだという気持ちもあった。
だから、いつものように勤務を終えて帰宅する時、自分の中には恐れと期待が半分ずつ───いや、本当は恐れの方が多かった。どう考えても、わたしはグレちゃんに居て欲しいのだ。それが本音だ。けれど、グレちゃんが良い方を選ぶべきだと思っているのも、間違いなく本当だったのである。
自分の為の期待は裏切られるもの───いつもそうだったように、期待すると
楽しみしていた沢山の物事。
兄や弟と同じように接して欲しかった両親。
わたしが愛し続けたいと願った人達。
自分で達成するものではない、他に寄せた期待や望みは裏切られる。ずっとそうだったのだからと、自分に言い聞かせて帰宅した。
けれど……。
当たり前のように、グレちゃんは待っていてくれた。
わたしの顔を見て、嬉しそうに「うにゃん」と。
そして、堂々とわたしの前を歩き、一緒に帰宅したのである。
それから毎朝・毎夕───グレちゃんはわたしと一緒に出掛け、帰る時にはアパートの階段で、あるいは階段の途中にある明り取りの場所で、まるで帰る時間を知っているかのように待っていてくれた.
たったそれだけの事がどれほど嬉しかったか、君は───グレちゃんは、判っていただろうか? グレちゃんがいつも待っていてくれるという事が、とても嬉しく・愛おしく、一刻も早く帰宅せねばとわたしを掻き立てた。
───が、そんな生活が続くと、些細な事件も発生する。
その日は休みで、買い出し等の用事で出かけていたある日、仕事の時とは違い昼日中に帰宅したことがある。そこで目撃したのは、
わたしは、「ほほう…」と思った。
わたしを見つけたグレちゃんは、「しまったっ!」という顔をした。
ペット禁の賃貸という認識とちょっとしたジェラシーで、一瞬のアイコンタクトを交わしたあと、わたしはノーリアクションで部屋へ戻った。
それからほんの少し間を置いて帰宅したグレちゃんの、気まずい様子ときたら……。
飼い主(当時は恩人?)に対して、不義理を働いた───という意識があるらしいのが、なんだか可笑しかった。
猫と本格的に暮らすのが初めてだったので、「そんなもんかな?」と受け入れていたが、後日聞いたところによると、グレちゃんの反応は猫としてとても珍しいものだったらしい。
また別の時には、ぽかぽか陽気の陽だまりで、わたしを待っていたのか、日向ぼっこを楽しんでいたのか───猫パンチで何かを叩いたり、体を擦りつけたりしている姿があった。
何をしているのかと覗き込むと、そこには
「コラコラ、食べる為でもないのに、生き物を玩具にしてはいけません」
とは云わなかったものの、ヤモリさんの生存を確認してちらりと見ると、『アタクシ、何も知りませんのよ』といわんばかりの顔洗い。都合の悪いことを誤魔化す為に、猫がそういう行動をとることがあるとの情報は持っていたが、本当だったとは───全く笑うしかない。
更に別の時には、わたしは残業で遅くなり、すっかり陽が沈んでからの帰宅となった。
いつものコースを帰っていると、すぐ近くから生き物が飛び出し、わたしのバイクに並走しながら全力で駆けて行く。「白いタヌキか?!」とちらりと見ると、それは全身の毛を逆立てたグレちゃんだった。
わざと速度を落として追い抜かせ、数拍遅れてアパートに着くと、いつもの場所でグレちゃんは素知らぬ顔で待っていた。
つまり、グレちゃんは時間を見計らって待っていたのではなく、バイクのエンジン音を聞き分けて、その都度、全力で先回りしていたという訳だ。犬も車やバイクのエンジン音を聞き分けていたので、犬より耳が良いといわれる猫であれば、不思議なことではない。
わたしが見ていない所で発生していたその姿と慌てようを想像すると、可笑しいやら愛しいやら、健気過ぎてこねくり回したいやら……。
そんなに必死に帰って来なくても、わたしの帰宅後に合図をしてくれたらドアを開けるのに。
それでも、野良だったグレちゃんとしては、一緒に帰らないと入れてもらえないという危機感があったのかもしれない。
だとすると、まだそこまでわたしが信用されていないということなのだろう。そればかりは、時間をかけて判ってもらうしかない。
帰宅を待ちわびてくれている子がいる。
たったそれだけで、わたしは随分幸せだった。一日一日過ぎるごとに、いつかグレちゃんが帰って来なくなるかもしれないという不安は、いつしか薄れて、気が付かないうちに消えてしまっていた。残された課題は、グレちゃん自身がどうしたら安心して幸せでいてくれるのか。
人間と暮らしている動物達の幸せと、人間側が感じている幸せは、同じものではないとずっと考えている。動物───特にペットをして飼われている子達は、安全な寝床と充分な食事を目当てに、打算で一緒にいてくれているだけなのかもしれない。一方で人間側は、ペットをぬいぐるみか玩具のように愛玩しているだけのケースが多くある。
そうではなく、家族として、パートナーとして、人間側がどうやっていけば彼らが幸せでいてくれるのか……。
───それは、長い、長い間、私の気持ちに引っかかっている重要な課題だった。
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