第五話 グレちゃんの毛繕い
うちに来た当初のグレイちゃんは汚れまくりで、毛皮は艶を無くしてバサバサ。
体力の衰えと鼻詰まりで毛繕いができない状態の上、抵抗力も弱っていたせいで、わんさかとノミさんが共存していて、体を軽くポムポムすれば飛び出る状態だった。
幸い、うちに連れて帰っても、居るのはわたしとグレイちゃんだけ。他の生き物にうつる心配はない。
ノミは余病を媒介する生物の為、弱ったグレイちゃんの体調を考慮して、最初の通院の時に対処法を相談した。
結果、犬・猫飼いの方にはお馴染みだろうが、フロントラインという経皮吸収型の薬を紹介された。
本人ならぬ本猫が毛繕いしにくい肩甲骨の間の皮膚に、液剤を滴下するタイプの物だ。これは、仔猫に使用できるほど猫本体に危険性が少ない、ノミ・マダニの駆除剤である。勿論、現在闘病中のグレイちゃんでも使用ができる。双方、成虫は撃退することができるとのこと。ノミの卵や蛹には効果が薄いが、成虫の繁殖能力をなくす為、月に一度使用して、その都度成虫を駆除していかなければならないということであった(現在は卵や蛹にも効く、より効果的な薬剤が開発されている)。
なので、点滴から帰宅する折り、当薬剤とノミを梳き捕る目が細かい櫛=コームを購入した。当面のブラッシングは───わたしの使用してないハンディタイプの豚毛ブラシが使えるだろう。
その夜、まだまだ抵抗する余力のないグレイちゃんに、食事と給水を行い、経口薬を服用させ、液剤を滴下した。
静けさを保ち、何かと時間を潰しながら、グレイちゃんの様子を窺うことしばし───食事や薬を嘔吐しないこと、より具合が悪くなっている気配がないことを確認して、いざ、懸案事項であるブラッシングにかかる。
いきなり強いブラッシングをするのは負担だろうと、豚毛ブラシで軽く解していき、ティッシュなど用意して、いよいよノミ捕りコームの出番だ。
すると、捕れるわ・捕れるわ!
弱って動きが鈍くなったノミさんたちが、一櫛ごとにわらわらと……。
加えて、荒れた毛もザクザク一緒に取れるので、コンビニ袋を被せたゴミ箱を手繰り寄せ、次から次へと放り込んでいく。
まだ薬剤が浸透していないのか、元気に動き回っているヤツもいた為、コップに少しの水と食器洗い洗剤を加えたものを準備して、元気な御方はそこに放り込む。洗剤が昆虫類の窒息に効果的だからだ。もっと元気な御方は、逃がす前に爪で潰していく。
なるほど、猿の毛繕いの動作とは、こういうものなのか。
いくらか被毛の間を逃げていく個体もいたが、体力がないグレイちゃんが疲れ果てる前に、一旦止めることにした。そして、わたしが好き放題に掻き乱した毛並みを、豚毛ブラシでそうっと整えつつ、ちょっとだけ動転しているグレイちゃんを宥める。そうやって中断したにも拘らず、一度目にしてかなりの捕獲量だった。最初のうちは数を数えていたが、あまりの数に挫折した。
わたしとしては、まだ初めて使った薬剤に対する信頼がなかった為、収穫は厳重に封印し、燃えるゴミへ。仮死状態に陥ったG様(ゴキブリ)のように、時間経過と共に蘇生されてはたまらない。追加のリベンジは、明日の夜である。
翌朝、点滴の為に病院に連れて行き・終業後に連れて帰り、食事・給水・服薬を終え、リベンジタイムがやってきた。
治療の効果が出ているのか、グレイちゃんは昨日より元気そうで、わたしが彼女に良くしたいと思っているのが伝わったのか、素直に身を任せてくれる。
そして、昨日と同じ豚毛ブラシと、今日の帰宅時に無駄毛を除去するスリッカーブラシも導入し、櫛が通りやすいように解していく。そして、いよいよコームの出番だ。
すると、ノミさんたちの様子が昨夜と違った。
わんさか捕獲できるのは同じだが、動きがない。
一匹摘み出して観察すると、本来ぽっこりお腹のノミさん達が、ぺったんこの煎餅のようになってしまっている。どうやら薬の効果が行き渡っているようだ。
これはチャンスと、わたしはせっせとグレイちゃんのブラッシングに精を出した。
おかげで、この時成虫だった蚤さんは一気に駆除することができた。
次は来月───卵が孵った時を見計らい。再度撃退しなければならない。
薬の効果も実感できたことだし、遠からずノミさん達を全滅させることが出来るだろう。それによって、ノミさんたちの不快感からグレイちゃんが解放され、病を得てからの野良生活の不安と、弱った体に与えるストレスが軽減されればいいと思う。
諸々といっぱいいっぱいだったその時には考えてもいなかったが、この一連の毛繕いには、当たり前で絶大な他の効果もあった。
あらゆる生き物にとって、スキンシップは友好関係を深めるのに重大な役割を果たす。
まださして抵抗できないグレイちゃんを膝に抱え、まだ治まっていない目ヤニのチェック・鼻水が詰まっていないかどうかの確認。詰まって固まっていた場合、怖くないようにグレイちゃんの目元を手で多い、固まっている個所をピンセットで取り除く(大変危険なので、良い子は真似をしないでください)。
それから、時間をかけてのブラッシング。
荒れたムダ毛を取り除き、皮膚の血行を促し、取り逃がしたノミさんがいないかチェックする。それらが終わると、効果も定かではないお腹のマッサージをゆっくりと行う。冷血動物と評されるわたしの手をわざわざ温めて、ゆるやかに丸く
されるがままのグレイちゃんは、わたしの足が痺れて耐えられなくなるまで、喉を鳴らしながらいつまでも膝の上にいた。
時間をかけて行うこれらの日課が、我々の距離を急速に縮めたのかもしれない。
そして、荒れた毛が減り、少しずつ毛艶も戻り、徐々に元気を取り戻していくと、わたしが知っている緑の瞳と長いシマシマ尻尾が素敵な、別嬪灰色猫がそこに居た。
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