第二話 開戦そして、蘇る巨人

イタリ・ローマ王国とボリシェ・コミン主義連合共和国との国境

そこは、何の変哲のない平野であった。

辺り一面には草原が広がり、緩やかな小川が流れ、スズメやウサギといった小動物なども確認できる。

あたかも生命の集う楽園のようであるかのようだった。

しかし、今となっては夥しい数の銃弾や砲弾、爆撃機から投下された爆弾または、これらを踏みにじるかのように、兵士達の靴や自動車のタイヤ、戦車の履帯が緑の平野を抉っていった。

こんなことを半日以上繰り返し行われたせいか、自然が豊かであった平野が一瞬にして石や土だけの荒野に成り下がったのである。

これらは全て、ボリシェ・コミン主義連合共和国軍による軍事演習によるものであった。

何故、彼らがここまでして軍事演習を行うのかというと、日本が隣接するイタリ・ローマ王国と同盟を結んだからだった。

これだけではない。王国に潜伏させている密偵の情報によれば、技術交流や貿易の開始まで話しが進んでいるらしい。

共和国としては、ちょっと待てと言いたいのだが相手のニホンという国は、王国に隣接しているというくらいしか情報がない。

そして、共和国は嫌がらせ程度に軍事演習を行うに至ったのであった。

「なぁ、これだけ軍事演習をやっているんだ。ついに隣のお嬢ちゃんの国に攻め入るのか?」

「たしかにそれはあり得るかもな。もし、そうだったらヘタレなイタリ兵なんざコテンパンにしてオイラはあの国の女の子達からチヤホヤされたいね」

「でも、一筋縄ではいけないだろう。二日前に、王国と新たに同盟を結んだニホンコウコクとかいう国の軍隊を見た偵察部隊の奴から聞いたんだが。奴らは駆逐艦の主砲並の砲を持つ戦車とか、機関銃よりも速く弾を撃つ小銃を持っていたりするらしいぜ」

「おいおい、お前ビビってるのか?俺たちには偉大なる指導者様がいらっしゃるじゃないか。あのお方なら異世界からやってきたよそ者なんかコテンパンにしてくれるはずだよ」

このように、前線の一翼を担う兵士達は楽観し、浮かれていた。

演習は更に激しさを増していく。それに同調するかのように、兵士達の士気も増していった。

彼らの貪欲さを彩るかのように、銃や火砲が鳴り止むことは明け方までなかった。




ボリシェ・コミン主義連合共和国

首都 クワモス

ボリシェ・コミン主義共和国はこの世界で四〇年前に現在の国土を支配していたルシア帝国という国で革命が起きた結果出来た国家であった。

肥沃な土地や機械を上手く利用して行われる大規模国営農場での農業と豊富な鉱山資源を諸外国に輸出し、大量の無職者を雇用しての地方開発などを行っていた。


政治経済面では計画経済や市場社会主義とほぼ同じものを採用し、国際情勢を観察しながら経済のメカニズムを切り替えていくことによって国体を保っていた。

しかし、この国が掲げる『コミン主義』を国民に強要し、これ反対する者や他のイデオロギーを提唱した者達は、人民の敵という名目で収容所送りにして、強制労働を行わせるという恐怖政治を行なっている背景も存在していた。


そして、今日も共和国の首都であるクワモスにそびえる前帝政時代に皇族が使用していた宮殿の内部ではその恐怖の根源とも言える人物が部下からの報告に耳を傾けていた。

「ジュガーリン総帥閣下。二週間前にイタリ・ローマ王国南部に位置する『大東洋』の近海に現れたニホンコウコクという国に関する情報です。

彼の国は王国と同盟を結ぶに至ったようです。また、我が国の国境付近で、彼の国と王国は合同で演習を行っていた模様です。いかがなさいますか?」

執務室の椅子に腰掛ける筆のような髭をたくわえた男、『ヨセフ・ジュガーリン』国家総帥はワインを飲み干すと、ナプキンで口元を拭いながら言った。

「ヤーベリ君。別の情報で知ったことなのだが、ニホンを名乗る国は、駆逐艦の主砲並みの武装を持つ戦車や機関銃以上の発射速度を誇る小銃を前線の兵士に当たり前のように持たせているそうじゃないか。

もし、この国と我が国が戦えば勝算はいかなるものだ?」

「そうですなぁ。所詮は資源と治安の良さしか取り柄がない国の隣の海に浮上した島国ですから。陸軍の圧倒的兵力による人海戦術や空軍による絨毯爆撃、艦船による艦砲射撃で事足りるでしょうな」

ヤーベリ副国家総帥が自信満々に答えると、ジュガーリンは満足そうに笑い声を上げる。

「ヤーベリ君。会議を招集したまえ。今こそあの英雄気取りの小娘の国を"解放"する時が来たようだ。

ついでに南の海に現れた未開人どもに教育してやろうじゃないか」

総帥は自身の机から最後通牒と思われる文書を取り出し、副総帥に差し出す。

「承りました総帥閣下。ただ今より我が共和国はあの小娘を王の椅子から引きずり下ろすために行って参ります」

ヤーベリは不気味な笑みを浮かべながら文書を左手に持つと足早に総帥の執務室から去っていった。

「王座から引きずり下ろした後は、私の欲求を満たす道具にでもなってもらおうか。

清浄無垢で生意気な小娘よ……貴様の処女を食い破るのはこの私だ」

副総帥は、長い渡り廊下を渡りながら気味の悪い笑い声をあげるのであった。

だが、愚かなことにこの国の連中は水面下で王国が力を蓄えているという事を知る由が無いため、完全に浮かれていた。




日本皇国

首都 東京 首相官邸


ここは、日本全体の行政において必要不可欠とも言える施設であり、地下から屋上にあるヘリポートで構成されていた。国の方針やガイドライン、いかにして国体を維持するかを内閣の閣僚達または、意見がある議員や各省庁の官僚達が話し合う場所である。

日本が転移してから二ヶ月と三週間あまり過ぎた頃、官邸の地下では緊急会議が開かれていた。

内閣総理大臣たる西條をはじめとする閣僚達がテーブルを囲んで座っていた。


「総理、先日から情報に上がっていたボリシェ・コミン主義連合共和国とやらが最後通牒をイタリ・ローマ王国そして、我が国に対して突きつけてきました。通牒の内容は、服従か戦争です」


谷岡秀平たにおか しゅうへい』防衛大臣の一言を耳にした閣僚達は呆れると同時に緊張した表情になった。


「……どうやらその国は我々や王国を軽くみているようですね。それよりも谷岡大臣。現地の状況はどうですか?」


「はい、ここからは防衛総省でまとめた情報です。国境付近に位置する都市や集落などの住民の方々はすでに国防陸軍や王国陸軍による誘導のもと、ナッポリや王都の方に避難したそうです。話は変わって、我が軍の動向ですが。

空軍が戦闘機や哨戒機を飛ばして二十四時間警戒態勢に入り、海軍は潜水艦隊が王国と共和国間にある公海で警戒に入っています。

陸軍は国境付近にある王国の要塞に布陣させ、いつでも撃てるようにしています。

最後に王国軍の動向ですが、自国内の警戒と我が軍との共闘を宣言しています」


「八十年以上前の満州で起きた惨劇を繰り返さないために、住民の方の避難や国防軍の早期展開を感謝いたします。

そしてついに、"あの巨人"が七十年以上の眠りから目覚めるのですか。偉大なる先人達の知恵と浪漫の結晶が王国に受け継がれることになりますな」

「ええ、そうですね。幻の超弩級戦艦が色丹島にあったとされる帝国時代の極秘海軍ドックから、いつでも使用可能な状態で見つかるとは思いもよりませんでした。

まるで侵略の危機に晒されている国のために蘇ったかのようです」


閣僚達の目には先陣をきって航行する"巨人"の姿やこれに撃滅される敵艦の姿が目に浮かぶのであった。




イタリ・ローマ王国

ベネティア

この都市は王国最大の港街であると同時に王国海軍最大の軍港でもあった。

毎日のように色とりどりの海の幸が商店に並び、それを漁獲してきた漁船などで賑わっており、夜中であろうがその賑わいは絶える事がないほどである。

さらに外国との貿易が盛んに行われ、外国人が多く訪れている場所でもあった。

しかし、今となってはその賑わいは無くなり、ゴーストタウンのように静まり返っていた。

街の様子も大きく変わっており、王国軍や日本国防軍の車輌や兵士達が毎日のように行き交っていた。

ここから北東部に位置するボリシェ・コミン主義連合共和国領のラコ半島に強襲上陸を仕掛けるために、国防軍海兵隊や陸軍そして、制海権や制空権確保するために海軍の空母が動員されていた。

共和国による強襲上陸や艦砲射撃に対抗すべくベネティアの中心部では、国防陸軍の88式地対艦誘導弾、02式地対艦誘導弾が約三十五台ほど展開し、港では約八隻からなる河内級強襲揚陸艦が大量の海兵隊員や車輌、航空機を載せていた。

他にも従来の兵器を装備した国防軍兵士達もいるが、そんな中でも特に目立ったのが原子力空母の武蔵である。

この空母武蔵には約九十機の航空機が搭載可能で、国際情勢や時代が変わるたびに改修が施され続け、艦載機は最新のものから何十年も使われ続けているものが配備されていた。

また、日本がこの世界に転移する前は世界から日本皇国国防海軍の象徴として世界中に知られている艦でもある。

そんな空母が共和国による王国侵攻を阻止するために、日本海軍を代表してやって来たのだ。

しかし、これを遥かに上回るものが王国海軍に配備されていたのであった。


「お、おい。あれってこの前見つかったばかりの戦艦大和じゃないか」


「そうだな……先人達の遺産が今ここで使われるのか」


空母からその姿を眺めていた国防軍の整備兵やパイロット達は、完全に虜になっていた。

雄々しくも美しく輝く艦橋と主砲はこれを象徴しており、艦橋から煙突を囲うように薔薇の棘の如く高射砲、対空機銃などが備え付けられている。

電探機系統は日本側による改修により、第一世代ジェット機、潜水艦程度なら軽く捕捉できるものが装備されていた。

極め付けは発動機関が蒸気タービンからガスタービンに換装され、馬力も二十八万馬力に向上し、速力は三十ノットに底上げされていた。

こうして日本とイタリ・ローマ王国が共同で改修した結果であった。

ここまでするに至った経緯は、我々の世界が一九十八年にイギリスが世界初の空母を設計し、一九二〇年から二二年にかけて日本が前者より早く空母鳳翔を竣工させたのだが。

この異世界では空母という概念がなく、未だに大艦巨砲主義を主体とした艦隊決戦思想が強く根付いていた。

そして、これに目をつけた日本側は色丹島の極秘海軍ドックから発見した大和をイタリ・ローマ王国に引き渡したのであった。


「ヤマグチ提督、貴国の造船技術は素晴らしいものですな。この巨砲さえあればボ連(ボリシェ・コミンの略称)の艦船など一撃でありますな。しかし、よかったのでしょうか?我が国が貴国の技術力の結晶とも言える艦をいただいても」


戦艦大和改め、戦艦グランデ・ロマーナの副長、『イニーゴ・ムッソーリニ』少将は感慨に浸っていた。


「そう言われると、この艦も鼻が高いでしょうな。我が国では諸外国より早く航空主兵論や通商破壊や群狼戦術を主にした潜水艦運用に切り替えたのですが。こうしてみると、ムッソーリニ少将のように感慨を覚えます」


自身が指揮する空母武蔵と戦艦を見比べている初老の男、『山口辰馬やまぐち たつま』海軍中将はイニーゴに共感していた。

すると彼は座っていた椅子から立ち上がると、軍港兵舎の窓際まで行き、そこから見える大海原を見つめながら言った。


「提督、私は貴族の生まれですが。人情や活気が溢れるこの街には思い出があります。友人達やいとこ達と共に青春を過ごした日々や愛着などがあり、どうしてもこの街を守り抜きたい。何の罪のない人々を虐げ、革命や解放と称しながら侵略行為を平然と行う連中には指一本も触れさせたくないのです。我々はもちろん、ヤマグチ提督。是非共に戦っていただきたい」


イニーゴは自身の想いを山口に告げると、彼は静かに微笑みながら立ち上がった。


「かつて我々の祖先は前者とは違って綺麗事ばかり言って侵略行為を行わず。本心からの解放戦争を行い、勝利しました。ならば私はこれを尊重する形でぜひ共闘させていただきたい」


「感謝いたします。ヤマグチ提督」


二人は共に窓から見える戦艦を眺めながら現状の再確認をした。


「失礼します……ついに奴らが我が国やニホンコウコクに宣戦布告致しました。これより我が海軍は戦闘態勢に移行致します」


イニーゴの執務室に入ってきた彼の副官が宣戦布告を受けた趣旨を説明する。


「ありがとう。さて、提督参りましょうか」


「そうですな。我が海軍も腕がなります」


こうして二人は、自身が居るべき場所へと向かった。海軍力を増強し、尚且つ日本が参戦という盤石な姿勢をイタリ・ローマ王国は整えていたのであった。

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