掛塚湊

 亀兄の雲読みでは、

「この東風は、あと二日くらいは吹き続けそうだ」

ということでしたが、今ひとつ信用できないので、わたしたちは小川湊での「寄り道」を早々に切り上げて、さらに西へと船を向かわせました。

 午後に入ると東風はますます強くなり、波が高くなってきました。おかげで船は順調に進み、日が暮れる前には天竜川河口にある掛塚の湊に入ることができました。


 掛塚湊は、天竜川の水運を利用して信濃から材木を切り出して運ぶための集積場として栄えた港町です。わたしの実家の石津屋も、大きな船溜まりや貯木場を持っていて、商売の拠点としています。天竜川左岸に発展した掛塚の湊の周りには、数軒の材木問屋や宿屋が軒を並べていました。

 わたしたちを乗せた船が、石津屋の専用桟橋に近づくと、怪しげな男の人が一人、岸壁で腕を組んでこちらをにらみ続けているのが見えてきました。厳めしい顔つきで、片目に黒い眼帯をしています。どうやら、わたしたちを待ち構えているようでした。

「あの人、石津屋の人じゃないわよね。誰かしら?」

 わたしがつぶやくと、亀兄も

「うむ。あの雰囲気は、かなりの悪党か盗人の類いに違いないぞ。石津屋に岡部家のお宝があるのをかぎつけて、狙っているのかもしれない」

と言って、傍らにあった材木の切れ端を手に取りました。

「ん? あの男は!」

 突然大声を上げたのは亥兄でした。

 どうやら亥兄の知り合いのようです。

 岸壁にいた怪しい男も、亥兄の存在に気づいたようで、こちらに向かって大きな声で呼びかけてきました。

「おう! 五郎兵衛! 待ちかねたぞ!」

 五郎兵衛というのは亥兄の通名です。岡部五郎兵衛元信というのが正式な名乗りなのです。

「おお、やはり勘助ではないか! なんと意外なところで会うものだ」

「意外では無いぞ、おぬしを待っておったのだ。」

「待っていたと? お前は信濃の高遠城にいるはずだと聞いておるが……」

「ははははっ、その通りだ。だが、天竜川を下れば、高遠からここまでは半日もかからないからのう」

「そうか、高遠は天竜川の上流にあったのだな」

 亥兄は、目の前の天竜川を見渡しながら、少し追憶にふけっているようです。高遠という所に何か思い出でもあるのでしょうか。

「で、その高遠から川を下って、遠江まで何をしに来たのだ」

「何だ、つれない言い方だな。五郎兵衛、おまえに会いに来たんじゃ無いか。もっとも、俺の意思では無くて、高白齋さまの使いだがな」

 高白齋さまというのは、亥兄が甲斐で軍略を学んだ師匠の駒井高白齋さまのことです。ちなみに、この勘助という異相の男は、山本勘助という名で、亥兄と一緒に高白齋さまから軍略を学んでいた仲間なのだそうです。

「おぬしの忘れ物を届けに来たのさ」

 勘助さんはそう言うと、自分の右後ろの方を向いて指さしました。そこには、一頭の馬がつながれています。

「あ、クロじゃないか。クロを連れてきてくれたのか?」

「そうさ。高白齋さまから、『近々三河で起きる戦に五郎兵衛は必ず加わるはずだから、馬を届けてやれ』と命じられたのさ」

「おう、それはありがたいことだが……。岸壁で待ち構えているとはなぁ。俺が今日笹塚に着くことがよく分かったな」

「いやいや、高遠を出たのは十日ほど前だ。常慶殿のおられる玄忠寺でずっと待っておったのだが一向に現れないので、暇をもてあましていたのだ。だが、今日こそはおぬしが現れると、天からのお告げがあったのでな。湊まで迎えに来てやったのだ」

「天のお告げだと? なるほど、風か……」

「そういうことだ。俺は馬を渡したら、あとは一刻も早く高遠に戻らねばならんのだ。御屋形様がまた信濃に出陣されるのでな」

「そうか。武田の御屋形様の信濃侵攻も本格的になってきたようだな。次はいよいよ村上義清との戦いになるぞ。激しい戦になるだろうな」

「うむ。だが、今の武田の勢いからすれば、村上勢などものの数ではあるまい」

「そうだな。武運を祈っている。それにしても有難い。クロにもう一度乗れるとは思っていなかった。高白齋さまにもよろしく伝えてくれ」

「うむ。ああ、だがその馬なのだが……」

 勘助は、馬の前足のつけねの部分をさすりながら話しています。そこには、一筋の傷跡のような物がついていました。

「戦で受けたこの傷はもう完全に癒えておって、走り回るのには何の問題も無いのだが、調練で模擬戦に加わると、相手の槍を怖がるしぐさを見せるのだ……」

「そうか、槍を怖がるか……。何しろ初めて加わった戦で受けた槍傷だったからな……」

 亥兄も馬のそばによって、同じ傷跡を優しくさすっています。

「クロよ、おまえに傷を負わせてしまったのは俺の責任だからな……。槍を怖がるのは無理も無い……」

「ま、そういうことだ。おまえが乗ってしっかりと調練すれば怖さも克服できるようになるさ。とにかく馬は渡したぞ。では、俺は帰る」

 勘助さんはそう言い捨てて、わたしたちには挨拶もせずに、すぐに立ち去ってしまいました。


 勘助さんが去った後、わたしたちは「クロ」という馬をつれて石津屋の寮へと向かいました。

 クロは、本当の名前は黒桐号といい、亥兄が甲斐の御屋形様の武田信玄さまから直々にいただいた若駒なのだそうです。近くで見ると、濃い茶色の毛並みなのですが、日の陰や遠目で見ると毛並みが真っ黒に輝いて見え、とても美しい姿をしています。顔の前面、目と目の間に真っ白な筋が一本入っていて、それが凜々しさを醸し出しているようでした。

 とても賢い馬で、亥兄によくなついて自由自在に駆け巡っていたそうなのですが、去年に信州の小田井原という所で初めて戦いに加わったときに、乱戦の中で、右前足の付け根の所に敵の槍を受けてしまったそうなのです。

「あれは、敵が初めからクロの方を狙って槍を出していたのだ。俺がそれに気づいていれば避けられたはずなのに、自分の体の周りばかりに気にしていたから……」

 亥兄は、クロが槍を受けたのは自分の責任だと感じているようです。

戦は武田軍の大勝利に終わり、亥兄は御屋形様とともに甲府へ凱旋することになったのですが、傷ついたクロを甲府まで歩かせることができなかったため、信濃に残って戦後の処理を行うという高白齋さまに託したのだそうです。

クロはまだ若駒で、調教次第でどんどん名馬に成長していく可能性を秘めていますが、戦場で槍を怖がるような癖がついてしまうと、戦には使えません。織田信秀との戦の前までに、クロと亥兄の信頼関係をもう一度しっかりと強めて、「人馬一体」となって駆け回れるようにならないといけないでしょう。

 わたしも、クロが槍の恐怖を克服できるような工夫を、考えてみることにします。

 

 掛塚の湊から曳馬宿までは、一里も無い距離なので、その日のうちに行けないことも無かったのですが、鎧櫃とかの荷物も増えましたし、父上もお疲れのようなので、石津屋の寮で一泊することにしました。

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