河越城(二)

 河越城本丸に立てられている高櫓の上で見張りをしていた一人の兵が、急に大きな声を上げました。

「南から騎馬武者が一騎、城に向かって駆け続けています!」

 声を聞きつけた何人かの兵が、あわてて南の方角を見ますが、地面や土塁の上からでは何も見えません。櫓の近くにいた者が、すぐにはしごをよじ登り始めました。

「どうも、敵将ではないようです。敵の陣地の間を縫って、こちらに向かっています」

「敵ではないというなら、誰なんだ? なぜ敵は妨害しない?」

「わかりません。一騎だけですし、ものすごい速さで駆け抜けているので、気づいたときには通り過ぎているという感じです」

 騎馬武者はみるみるうちに敵陣を突き抜け、お城の大手門の近くまでたどり着きました。

そこで、馬の足を緩めると、隠し持っていたのぼり旗をさっと掲げました。旗に描かれている文様は黒い三角形が並んだ「北条菱」です。やはりお味方の将のようです。

 後から高櫓に上った侍大将が、そののぼり旗と将の出で立ちを見て、「あっ」と大声を上げました。

「あれは、綱房さまだ! すぐに門を開けろ! 綱成さまの弟の綱房さまがご到着されたぞ!」

 北条綱房さまは河越城主の北条綱成さまの実弟にあたり、ともに実力を見込まれて福島氏から北条氏の養子となった人です。

 その綱房さまが届けてくださったのは、城兵たちが待ちに待っていた情報でした。

 御屋形様が自ら援軍を率いて駆けつけてくれるというのです。


 援軍が来るという情報は、風魔一党のもとにも、いち早く伝えられました。

「やはり御屋形様は我々を見捨てていなかった!」

「うむ。今川との戦いが決着して、ようやくこちらに兵を送れるようになったようだ」


 援軍を送るのが、これほど遅くなってしまったのには理由があります。

 小田原の御屋形様は、一刻も早く送りたかったのですが、それができなかったのです。上杉勢が河越城を包囲し始めたとき、北条勢は、駿河と相模の国境を巡って今川軍との戦闘のまっただ中でした。

「と、いうことは今川との戦には勝ったということだな」

「いや、そうではないらしい……。北条が支配していた国境付近の駿東地区を、すべて今川に返すということで、両軍が兵を引くことになったそうだ」

「え? それでは負けと等しいではないか」

「うむ。だが、今川との和睦さえなれば、こちらに向かうことができる。御屋形様は領土よりも我々の命を救う方を選ばれたのだ」

「おう、さすがは御屋形様じゃ!。それで、援軍はどれだけの軍勢になるのだろう?」

「伊豆、相模の両国からほぼ全軍を動員して、八千人になるということだ」

「うーん、八千人か……。でも敵は八万だぞ。我々の城兵と合わせても一万二千にしかならない兵で、いったいどうやって戦うのだ?」

 風魔党の輪の中に加わりながら静かに話を聞いていたおじさまが、そこで腰を上げて一枚の大きな絵図面を取り出してきました。

「あ、これですね。完成したのですか?」

「うむ。この日のために作り上げたのじゃ。ちょうど間に合ったのう」

 床に広げられた絵図面は、二畳分くらいの大きさがあります。河越城を中心に、周りには入間川や赤間川、小高い丘や森、田畑や湿地などの地形が描かれており、その中に敵の陣地の位置が性格に記されています。さらに、敵将の名前や人数、指揮の高さや、部隊間の連携の良し悪しまで、事細かに書き加えてあります。

「これを御屋形様の元に届けることができれば、敵がどれだけ大軍でも、必ずや勝機を見いだすことができるはずじゃ」

「では一刻も早く、これを御屋形様の元へ!」

「うむ。問題はそこじゃ。この絵図面のままで持って行き、万一途中で敵に奪われてしまっては台無しじゃ」

「それはそうですが……。では、どうやって……」

 風魔のおじさまは、そこで立ち上がり、図面を囲んでいる兄弟子たちの後ろからのぞき込んでいたわたしの名を呼びました。

「小春、この絵図面を一寸角の石に書き写せるか?」

 わたしはもう一度広げられた図面をみてから、力強くうなずきました。

「もちろんです! このためにわたしは毎日修行してきたのですね」

「うむ。われらの中ではお主がいちばん細かい作業が得意だからな。この図面を三枚。夕暮れまでに描けるか?」

 今はまだお昼を過ぎたばかりなので夕暮れまでには三刻(約六時間)ほどもあります。日が沈んでしまうと灯火の明かりだけでは細かい文字や絵を描くのは難しいので、それまでに仕上げなければなりません

「一枚当たり二刻ですね。何が何でもやりとげてみせます」

 わたしはすぐに明るいところに移動し、作業にかかりました。


 わたしが絵図面にかかりきりになっている間に、おじさまたちは、この絵図面を誰がどうやって小田原へ届けるかということを相談していたようです。

 というのも、水晶玉を使って描かれた微細文字は、水晶玉が無いと読み解くことができません。水晶玉を作るには、大きな水晶の塊を砂や鉄を使ってひたすら磨き続けなければならないので、たくさんの数を作ることができないのです。風魔党で持っているのは三つだけで、そのうち二つは川越に持ってきていて、残りの一つは江戸においてきました。その一つが、今でも江戸にあるのか、それとも江戸で留守番をしていた誰かが小田原の御屋形様のもとに運んでいっているか、それが分からないのです。

 江戸には十人ほどの風魔党の人たちが残っているのですが、連絡がとれません。川越から何度か使者を出しているので、うまくいけば敵の包囲をかいくぐって江戸までたどりついているはずなのですが、その返書が一度も帰ってこないのです。上杉勢は川越城をとりかこんでいる軍勢の外側で、入ってこようとする人間を厳重に見張っているようです。

 北条綱房さまが、その見張りを振り切って中へ入ることができたのは、まさか豪華な鎧兜に身を固めた敵将がただ一騎で突入するとは思っていなかったので、その油断をついたのが成功したようでした。


 お日様が、まだ西の空で赤く染まっているうちに、わたしは三枚の絵図面を石の上に描き上げました。

 絵図面は、三名がそれぞれ別々の方法で、違った方角へ持ち出すことになりました。

 一枚目は、綱房さまがお城にきたのと同じように、敵の備えの薄いところをついて、騎馬で駆け抜ける方法です。北条宗哲さまのご家来で、馬術にすぐれた方が、絵図面の描かれた石だけを持って、小田原へ脱出します。万一脱出できなかった時に、絵図面と水晶玉の両方が敵の手に渡ってしまうとまずいからです。

 二枚目は、夜陰に紛れて川岸まで行き、船で江戸まで下る方法です。この方法は、一度風魔党が成功しているのですが、江戸経由で小田原まで情報が伝わるには、かなり時間がかかってしまいます。これも北条宗哲さまのご家来衆から五名の兵が選ばれて、絵図面の石だけをもって脱出します。

 小田原か江戸のどちらかに、もう一つの水晶玉があるはずなので、届いた絵図面を読み解くことはできるはずです。

 そして三枚目は、風魔党自らが絵図面と水晶玉の両方を持って、徒歩で脱出するという方法です。お城の周りの敵陣の間を通り抜けるまでは、敵兵の中に紛れて、上杉兵のふりをして通り過ぎ、外側の柵を越えてからは、ひたすら小田原まで走るのです。


 そして、その三枚目の脱出作戦のために選ばれたのが、”ニノ”こと二曲輪猪助さんでした。

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