コマと笛

へりぶち

はじまりはじまり


その指先は、まっすぐに始まりの方へ向けられていた。

そして彼女のその白く細長い指先には、コマがくるくると踊っていた。




彼女はいつから存在していたのかは分からない。

僕が生まれる前から、僕の父や祖父が生まれる前から存在していたらしい。


彼女は美しい。

最低でも祖父よりは年上なことは確実なのに、祖父よりもきめ細かくツルツルとしているが老いた様子はかけらもない。

髪にはしっかりとしたコシがあり、ふさふさと村では見ない黄金の小麦色を風に遊ばせている。


彼女はいつも指先でコマを回し、後ろ向きに歩いている。

なぜかと小さい時に祖父に聞いた時がある。


「彼女のコマが止まる時。それは世界の終焉であり、彼女の指差す方向は始まりを迎え続けているのだよ。」と言って頭を撫でられた。

つまり彼女のコマが回っている間は世界は存在していて、彼女がどこかを指差す限り終わりは訪れない…ということらしい。

そうして代々僕らの決まった土地を持たぬ民は彼女を信奉し、彼女の行き先を追いかけ広大な土地を転々と移動し生活を営んでいる。


夜中にふと「彼女が指差す方向が始まりを迎えているのだとしたら、彼女が後ろ向きで向かっている先は破滅なのではないか?」と思い至った。

そう考えると急にここにいるのが恐ろしくなり、僕は家族が眠る簡易的な家を抜け出し暗闇から逃げるように来た道を─朝日が昇る方向へと駆けた。


正気になるのが恐ろしく、狂ったように野原を駆けた。

夜が僕を襲ってくるようで、朝に向かって助けを求めた。

朝日を求めて走り続けた。


そうして寝ずに一晩走り続けると、ようやく白んだ空が見えた。

朝が来る。

僕は始まりに来た。

もう自分でもよく分からない感情に突き動かされたまま走ってきたが、目的である朝の訪れを感じた瞬間ドッと疲れが体を襲い、僕はその場で気絶するように眠ってしまった。


「おはよう」

聞いたこともない声に起こされた。

体が妙な音を立てていることに目を瞑りその声の方向を見ると、彼女がいた。

ツルツルとした肌を持つ、黄金の小麦色の髪色を持つ彼女。

彼女はいつもダンマリで声も出さずズンズンと進むので、村のみんなは彼女の声を聞いたことがなかった。例に漏れず、僕もである。


「あなたは気付いたのね」

何がと問うと、彼女は微笑んだ。


「私が終わりに向かっていることをよ」

皆が口に出さないだけだろう。

村で1番若い僕が気付いたのだから、僕より賢い祖父や父も気付いているだろうと返すと、彼女は笑みを更に深め

「あなた以外気付いていないわ。だってあなた達、ネズミだもの。」と言った。


ネズミとは何?

「あなた達土地を持たぬ村の民を指す言葉よ。私たちはあなた達の事をネズミと呼んでいます。」


僕達には名前があると声を荒げると

「あなた達は私の事を『彼女』と言うでしょう。私にもあなた達のように名前があるのですよ。」と諭すように柔らかな笑みをこちらに向けた。


なるほど同じ事だったのかと納得すると彼女は両の手で僕を掬い、包み込み

「あなたは頭が良いのですね。では、この旅もおしまいです。」


どこへ向かうのですか?

「あなたは私となり、なすべき事をなすのです。」


なすべき事とはなんですか?

「終わりへ向かう事です。」


そうして彼女の手のひらが僕を完全に包み、僕の視界が真っ暗になる。

目を瞑り、少し経ってから目を開くと僕は『彼女』になっていた。


手にはコマではないものがあった。

頭の中の彼女が響く。

「私の次はあなた。あなたの次は誰か。

大丈夫。さぁ、向かいましょう。

あなたの名前は笛吹きハールメン。」


そうだ、手にあるものは『笛』と言う。

僕はこれを吹いて、終わりへと向かうのだ。

さぁ村のみんな、ついておいでよ。

僕は終わりを告げる、笛吹きハールメン。

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コマと笛 へりぶち @HeriBuchi1

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