ざまぁなんて現実にはないから

◆◆◇◇


(スーパー爆発事件から10年ほど前)


 私の名前は伊森いもり茉莉奈まりな

 20歳で2児の母だ。

 ……シングルマザーのね。


 最初の結婚は高校2年生の時だったかな。

 たまたまバイトしていた先の社員と結婚をして、長男のハヤトを産んだ。

 まぁ数年もしないうちにその人はそのバイト先で浮気して、アッサリ別れたんだけどね。

 今考えてみると、彼は女子高校生と付き合っているってブランドが欲しかっただけなのかなーって思う。


 ――カチッ。カチッ。


 なぜかタバコを吸う男が好きで、よく隣で元旦那のライターをこうやって触ってたっけ。

 未だに私は、彼が置いていったライターをイジる癖だけはめられない。

 タバコの代わりに、透明な色の息をふぅ、と一つ吐いた。


 再び独り身となった私は、生活のために仕事を始めた。

 ……ははは。結局私は、なーんにもりてなかったんだろうね。

 そこで仲良くなった男と交際、また結婚。

 そして今度は長女のミクを出産。


 うーん、次の彼は優しい人だったよ?

 でも、優しいだけ。

 口では甘ったるい言葉を吐くけれど、お金を稼いでくるのは私だけなんだよ。

 

 ……もう、笑っちゃうよね~。

 職場の女に手を出して居づらくなったのかなぁ?

 黙って仕事を辞めちゃってさ、家で子どもとゴロゴロするだけになったのよ。


 最初はそれでも良かった。

 だって私がお金を稼ぎさえすれば、家には家族が居るんだもん。


 私って元々の家庭が母子家庭だったしさぁ。

 とは言ってもパパとはたまに会ってはいたし、ママが居たからそれほど寂しくはなかったけど。

 ……でもっていうのに凄く憧れたんだ。

 だから、私が頑張れば家族が手に入る。

 ――そう、思ってたんだけどなぁ。


 結局、彼は暇を持て余していたんだろうね。

 あの人、私が仕事で不在の間に家のお金を持ち出してギャンブルにハマっちゃった。


 ケンカばっかりになって、優しかった彼は変わった。

 いっつも不機嫌だし、家事もしなくなった。

 で、私。気付いちゃったんだよね。

 『この人、本当に私の家族なの?』って。


 ただの居候いそうろうにしか見えなくなっちゃった私は、この人を追い出した。

 ……でも、それじゃ甘かったんだろうなぁ。

 あの人はいつの間にか作っていたスペアキーで家に侵入して、ウチのお金を盗んでいった。

 もちろん、その後は警察を呼んで処理してもらったけど。

 私に残ったのはボロボロになった家具とココロ、それと泣きわめく子ども達。


 早々に捕まったアイツとはさっさと離婚したよ。

 もう居候どころかただの犯罪者。

 そんな奴、私の大事な家族の敵だもん。


 ――カチッ。カチッ。


 私がここ数年に起こった出来事を要約して話し終えると、無言になったリビングにライターの音がよく響く。

 久々に会った目の前の幼馴染の男カナデは、無駄に難しい顔をしてうつむいている。


 コイツもコイツで大概たいがいだよなぁ……

 こんな面倒臭いわたしと、いまだにこうして友人関係を続けているのだから。


 まぁ、コイツが今考えていることも分かっちゃう私も私か。

 どうせこの男は「自分カナデこの人わたしにできることはないか!?」なんて甘っちょろいことを考えているのだ。


 その証拠に、考えたり悩んだりする時に指をトントンする癖が出ている。


 そして「でも成人になったばかりの大学生だし、子ども2人を養う甲斐性かいしょうも無いから、2人目の旦那と同じになってしまう」とでも思っているのだろう。


「伊……ま、マリナは今、不自由とかしてるのか?」

「ふふふっ」


 マズい。思わず場違いな笑いが出てしまった。

 だって「コロコロ苗字が変わるから名前で呼んで」って言ったら、もの凄く恥ずかしがるんだもん。


 笑われたことに気付いたカナデが、真っ赤な顔をしながら私の方を向いた。


「どうしたんだよ。人が真剣に考えてるっていうのに」


 まったく、いつまでたっても相変わらずヘタレなんだからこの幼馴染は。

 ちょっとぐらい男らしく……なくてもいっか、カナデは。

 中学時代に告白してきた時に比べたら、とってもカッコ良くなったよ。

 ……それこそ、私なんかにはもったいないくらいにね。


 まだ素直に美味しいとも思えない缶ビールを2人のコップに継ぎ足すと、私は乾いた喉をチビりとうるおした。


「ううっ、やっぱり苦いなぁ……」

「……たしかに。大人の味なんて、俺らにゃまだ分かんねーな」


 少ししんみりとなってしまった場の空気を変えようと、ビールの話題にすり替える私達。

 あはは。なんだか無駄にこういう思考は昔からずっと似ているんだよね。


 子ども達に買っておいたはずのポテトチップスをパリポリとツマミにしながら、大人になりきれない二人の夜はこんな感じに静かに更けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る