ドラマみたいに

 ◆◆◇◇


(1ヶ月ほど前、カナデside)


「ねぇ。カナデおじさんって、僕のパパじゃないの?」

「パパー!?」


 母親そっくりの可愛い顔をしている幼馴染マリナの息子くんが、いたって真面目な声色こわいろで特大の爆弾を落としてきた。

 ――それもスーパーの特売コーナーに。


「ハヤト! アンタ急に何を言ってんのよ!」


 1個15円の玉ねぎに目の色を変えていたおばちゃんお姉様達が、まるでフクロウの様にグルりと首を回転させて一斉にコチラを見た。

 その光景は、三十路に近い男の俺でも思わずチビるかと思うほどの恐怖だった。

 

 一方のハヤト君の妹であるミクちゃんは、買い物カートに乗ったままキャッキャと楽しそうに拍手をしているけれど。


「は、ハヤト君、ミクちゃん。夕飯の後にアイスでも食べる? ほら、キミ達好きだったでしょ? 一緒にあっちの売り場に行こうか……」

「もう寒いから要らない。……おじさんもそうやって誤魔化すの?」

「すのー?」


 ――ペシン。


 恥ずかしさで顔を真っ赤にしたマリナが、浮気を責める彼女みたいな発言をしたハヤト君の頭を平手ではたいた。

 うぅ……。おばちゃんたちが耳をピクピクしながら俺たちの話を聞こうとしてくるし、一応第三者である俺まで顔が火照ってきそうだよ……。


「……痛い」

「ハヤトがバカなこと言ってるからでしょ。まったく、いったいそんなことを何処どこで覚えてくるのよ!?」

「……ママが録画してる月9ドラマだけど」

「「ど、ドラマ……?」」


 思わぬ情報元に、間抜け面になった俺とマリナは目線が合うと――お互いに無言で頷いた。


「おっ、見ろよ! 今日は牛肉が安いみたいだぞ?」

「ホント⁉︎ やったわよ、今夜は豚バラから牛コマのカレーにグレードアップだわ!」


 大人2人の連携プレーで、ミクちゃんが乗った買い物カートと一緒に話題を移動させる。

 ――ふぅ。迂闊うかつに子どもの前で恋愛ドラマなんて観れないな。

 ていうかマリナも人妻のドロドロとした人間関係なんて見せるなよ!

 物理的に耳年増……おっと。お姉さま達から距離をとることでこれ以上の追求から逃れられた。

 俺とマリナは一気に疲れた様子で安堵のため息を同時に吐いた。


 ちなみに、俺達の息がピッタリなのも当然だ。

 何しろもう15年近い付き合いなのだから。

 ……付き合いとは言っても、友達としてなんだけどさ。


 それどころか中学時代の俺は、マリナに告白して盛大に振られている。

 まぁ、俺の大事な初恋の思い出だ。


 恋人関係にこそならなかったが、同じクラスや部活だったので友人として仲が良かった。

 中学を卒業して高校が別になっても、家が近所なので何だかんだとこうした家族ぐるみの付き合いが続いている。


「パパ、かぁ……」


 これでもマリナに振られてから自分なりに男磨きを頑張ったお陰で、女性と付き合うこともできた。

 もっとも、それでも結婚には至ることはできず、マリナとの関係も友人関係のままなんだが。


「結婚願望がないわけじゃ無いんだけどなぁ」


 だけどマリナの頭の中には、結婚の『ケ』の字も無いだろう。

 既に2回の離婚を経験して、誰かと家庭を持つのはもうりたと言っていたし。


 そもそも、彼女は育った家庭環境がかなり複雑だ。

 まだ12歳のハヤト君は、もしかしたら父親に憧れがあるのかもしれない。

 だけどそれは――昔のマリナもそうだった。


 宝物を見つけたかのようにキャッキャと楽しそうに牛肉を選ぶ親子を、俺はあの頃の彼女を懐かしみながら眺めていた。


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