慟哭のメタモルフォーゼ

７ 再起する世界

(終)

　ピピピピ……、ピピピピ……。

　忌々しい音と共に、小さな震動が起きた。震源地は頭上二十センチくらいで、まどろみの中へ不躾（ぶしつけ）な爆音を耳に注ぎ込んでいる。

　青貝は目を覚ますと、震源地に置かれた携帯電話を手に取った。目覚ましのアラームかと思いきや、画面に時間表示が無い。右上に表示されたデジタル時計は、アラームの設定よりも一時間は早い。

　爆音の正体は電話の着信で、画面の中央には「アタシ」と表示されていた。青貝はケータイを持った手で目を擦りながら、通話ボタンを押した。

「もしもし？」

「私よ、アホガイ！」

　目覚めて早々に甲高い声を聞いてうんざりし、思わず逃げるように枕に顔を埋める。

「なあアタシ。朝から俺より大きい声はやめてくれよ。必須単位じゃないから今日は休むって言った筈だろ？」

「さあ、覚えてないわ」

　額を枕に埋めながら、青貝は小さくため息をする。だがかつての自分とは違い、新たな友は自分の言葉を聞き逃さなかった。

「青貝。貴方いま、ため息ついたでしょ？」

「え、嘘、聞こえた？」

「あら、本当についてたのね。今日の訓練、覚悟しておく事ね」

「……お手柔らかに頼むよ」

　青貝は電話を切ると、勢いをつけて掛け布団を蹴り飛ばした。どてっ腹を蹴り飛ばされた布団は四肢を丸めて飛んでいき、開けっ放しのクローゼットへと突っ込まれる。軌道、折れ具合、着地のスムーズさ。どれをとっても程よい成果だ。

　程々なシュートを確認すると、青貝は服を着替え始めた。友の家に伝わる「掛け布団蹴とばし占い健康法」の結果はそこそこの結果だが、行く先に友がいると思えば少々の肌寒さも気にならない。

　あれから二ヶ月が経ち、季節はもう春に近づいてきた。間もなく自分は四回生へと進級し、今はただ暇潰しの授業とメンタルフォルスの糸の操作訓練に顔を出す日々だ。

　靴を履きながら青貝は、鞄の中身を確認する。

　筆箱、

　教科書類、

　暇潰し用の文庫本、

　友が紡いだ最後の糸の切れ端。

　鞄の中身はこれで全てだ。

　今日はいい事があるかもしれないと思いつつ、青貝は家を出た。

〇

　あれからどれだけの時が流れただろうか。

　男は砂の大地の上で、肩に付いた糸屑を手に取って見た。糸屑は風も無いこの世界で、どこかへと行こうとするようにそよいでいる。

　それだけで男は十分だった。

　これを見ているだけで、これがあるだけで満足だ。

　俺達はまだ、どこかで繋がっている。

　今はそれだけで十分だ。