6 これから

(伍)

 男は目を覚ますと、肩から伸びた糸を見た。その糸はさっきまで夢に見ていたモノと、同じ輝きをしている。


「どう、思い出した?」


 彼女の言葉に、男は一つため息を吐く。


「ああ、思い出したよ。……ごめんな、ひ──」


 そう言うと少女は、男の唇に指を一本突き付けた。


「言わなくていい。私はもう、新しい道を進む事にする」


「そっか……」


「でもその前に、あっちに行く前にやり残した事がある」


「ん? それはなん──」


 瞬間、男の顔面に強烈な張り手が叩き込まれた。叩き込まれた事に驚きつつも少女の方を向くと、少女の姿は目の前から消えていた。


 見下ろすと少女は今、自分の胸元にいた。自分の胸に縋り付きながら、嗚咽と涙を流す声が聞こえてくる。


「……これでいい。これだけでいい。本当なら私には、アナタをどうこうする資格は無いもの。だからせめて今だけは、私が〝私〟でいられる間だけはこうさせて」


「……ああ、いいとも」


 少女は暫くそうして涙を流した後、ふいに顔をあげた。その顔はもう、涙の痕すら残っていない。


「これで終わり。私のやり残しは済んだわ。それで、アンタはどうするの?」


「ああ、そうだな……」


 そう言って、男は目の前に伸びた橋を見た。


「やっぱり俺は、もう少しここにいるよ」


「え?」


「教授も言ってたしな。俺はもう少しここで、この世界を見てみるよ」


 そう言ってストンと座り込む男に対し少女は一度寂しそうな目を浮かべたが、それ直ぐに振り払った。


「分かったわ。アンタ、言い出したら聞かない人だもんね」


「それ程でもない」


「褒めてないわよ。……ったく」


「なあ」


 男は少女の顔を見上げた。すっぴんの彼女を見るのはいつ以来だろう。飾り気の無い彼女の姿は、教室で見た姿より幾分も輝いて見えた。


「お前は俺を、俺達を恨んでいたか?」


 男の言葉に少女は入口の一歩手前で止まり、彼の方を振り向いた。


「恨む訳無いでしょう? 色々あったけど、アンタ達に出会えた事は私にとって一番の思い出よ」


「そっか……」


「だからさ、私の事忘れないでね?」


「ああ、忘れない」


「うん、……それじゃあね」


 そう言って少女は入口に踏み入れると、その姿を消した。男は一つ小さなため息を吐いてから、彼女を見送った。


「いずれまた会えるさ、友よ」

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