(8)

 頭の中で、何かが音を立てて崩れ落ちた。いつもの様な軋みの音ではなく、組み立てた機械が叩きつけられたような騒音を奏でて崩壊した。


 鹿島の中にあったアンデスが、完全に機能を停止した。


「鹿島!」


 アタシが叫びながらメンタルフォルスを伸ばしたが、それよりも先に平野天使の伸ばした赤い糸が鹿島の脇腹を貫いた。目の前の平野の顔が、彼に笑みを向ける。


 不思議な事に痛みは無かった。すり抜けただけかと思ったが流石にそうではなく、鮮血がシャツを染めながら滴り落ちていた。痛みの麻痺は崩壊したアンデスの、最期のはなむけだったのかもしれない。


「か、鹿島……。鹿島アァァ!」


「青貝、行って! ここは私が何とかする!」


 霞んだ視界の中で、鹿島は青貝が真っ青なりながら駆け寄るのが見えた。真っ青な青貝というフレーズに若干の間抜けっぽさを感じたが、心は微塵も平然を取り戻さない。


 例えようのない不思議な感覚に、鹿島は落ちていった。目が霞み、意識が遠のいていくのが分かる。心は平然を超えて無心に近くなり、指一本動かす気力も無い究極の脱力が襲ってくる。


 頭の中に、今まで生きてきた全ての記憶が蘇ってきた。幼稚園の時に寝小便をした記憶。小学二年生の時に飼っていた犬が死んだ記憶。好きだった女の子に手酷く振られた挙句笑い者にされた記憶。その後自分を慰めてくれた少女を好きになった記憶。その少女が天人の攻撃で自殺した記憶。自殺したけどアンデスで消され、良い部分だけ残していた思い出の記憶。


 痛みの記憶、羞恥の記憶、屈辱の記憶、後悔の記憶、父の記憶、母の記憶、友の記憶……。一から十まで全てが後悔と絶望の記憶だ。


 全ての記憶と想いが蘇り、鹿島の脳内を滅茶苦茶にしていく。アンデスによって封印されていた記憶が、全て解放されてしまった。


 もう全てがどうでもいい。青貝が傍らで何かを叫んでいるが、それすらももうどうでもいい。


 ぼうっとしていたら、何かが首に絡まる感触がした。だんだん息苦しくなってきたが、それも今は気にする程の事でも無い。むしろ今はその痛みが心地良い。


 俺は彼女を救えなかった。死に値する罪だ。


 俺は友を救えなかった。死に値する罪だ。


 俺は寝小便をしたのを親に黙っていた。死に値する罪だ。


 俺は大切なペットの病気に気付かなかった。死に値する罪だ。


 俺は人をからかって笑いを取る事があった。しに値する罪だ。


 俺は好きだった子に恥を掻かせた。しにあたいする罪だ。


 俺は俺を助けてくれた子をてんじんから守れなかった。しにあたいするつみだ。


 おれは天人のしゅうげきから全てのひとびとをまもれなかった。しにあたいするつみだ。


 おれはえいゆうにはなれなかった。しにあたいするつみだ。


 おれはかみさまにはなれなかった。しにあたいする──


 ……。


 そこまで思った瞬間、頭の中で何かが光を灯した。

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