4 スクラップ&ビルド
(参)
初老の男性らと別れた後、残された幾つかの建物に男は入った。いつの間にか怯えや被害じみた妄想は止まり、地を踏みつける足に力が宿っている。男性の言葉は男の中に決意に似た感覚を起こし、気付けばどんな建物にも恐怖は感じなくなっていた。
頭の中に、教室での戦いの様子が浮かぶ。自分はあの男性の事を知っていた。怪物と化した彼を友と共に殺し、こちらの世界にやって来たのだ。それが意味する事が何かは分かっていたが、男は彼の言葉通りに歩き続けた。
不思議な事に一つの建物に入る毎に、一人の人間と知り合った。彼らの殆どが自分と似たような年代であり、何かに嘆き苦しんでいる。糸を紐解くように少しずつ淡々と話しかけていくと、彼らは正気を取り戻していった。
だが正気を取り戻すと同時に、彼らは〝何か〟を思い出す。そして初老の男性らのように様子を変え、自分を置いて何処かへと行ってしまうのだった。引き留める事は一度とて出来ず、光に誘われる羽虫のようにフラフラと先を歩いて行っては、瞬きの間に姿を消していった。
最後の建物には「6」という数字が振られ、そこにもまた一人の男性がいた。顔かたちに見覚えは全く無く、彼もまた自分を知らないようだった。だが話すうちに男性もまた出て行く兆しを見せたので、男はここで彼に縋りついた。
「この建物街に居る人間は君が最後だ。君が何と言おうとも、俺は君が行く場所に案内して貰うぞ」
そう言うと男性は若干悲しそうな目を向けながらも、一つ息を吐いた。
「案内してあげてもいいけど、君が行く場所と僕が行く場所はきっと違う所だよ。入口で追い返されるのがオチだ」
「それでいい。俺は別にそこへ行きたい訳じゃ無い。ただ何があるか知りたいだけだ」
そう言うと男性は一言「分かった」と言いながら、彼の手を握って歩き出した。彼の手を握った瞬間、世界が高速で動いていくかのような錯覚に陥った。
「ここだよ。ここが入口」
男性が指差した先は何も無い虚空だった。だがやはり彼にも自分には見えない〝何か〟が見えているらしく、自分を置いてさっさとその先に向かって行く。
去り際に彼は自分に対して小さく笑みを零しながら、「元気でね」と言った。見覚えも無い全くの他人である筈の彼だが、彼の笑顔はどこか胸に刺さる思いがした。
男は彼の消えた場所を見たが、そこには何も映ってはいない。これが彼や初老の男性の言う、自分の資格の無さの証明なのだろうか。
振り出しに戻った状況に少しだけ苛立ちつつも、男はその場にドカッと座り込んだ。ここが入口だというのなら、ここに居ればまた誰かに会えるだろう。その中に俺を知っている人物がいるかもしれないし、記憶が戻れば資格とやらも貰えるかもしれない。
男はそう思いつつ小さなため息を吐くと、その場にゴロンと横になった。
だが寝転んだ瞬間、頭に鈍い痛みが広がった。この虚空の世界で、岩や石ころにぶつかる事は無い。感触の先には明らかに、人肌の持つ柔らかさがあった。
軽い痛みに目を開くと、そこには見知らぬ少女の姿があった。
「あんた、こんな所で何してるの?」
不躾な物言いを理解するより先に、姿をまじまじと見つめる。地獄の使者や怪物の類ではない。背恰好は自分と同じくらいで、年頃も一緒だろう。湖水のようなロングヘアに勝気な雰囲気が漂っているが、胸元は慎ましさで溢れている。
「いや、人を探してたんだ。俺を知ってる人を」
「あら、あんたも記憶が無いの?」
「ああ、君もか?」
「ええ。何も覚えていない」
現れた少女と情報の交換を行ったが、彼女はこちらに来たばかりらしく殆どと言ってもいい程に何も覚えていなかった。それでも他の者らとは違って後悔やパニックに打ちひしがれる事も無い姿は、人とは違う秘めた力強さを感じさせた。
「さっき、あんたと同じくらいの年頃の男に出会ったわ。ここに来たばかりの時にも女の子に一人会ったけど、いつの間にか見失った」
「きっと彼らは、ここに来たんだろうよ」
「ここに?」
「どうやら君にも、まだ入口は見えていないようだね」
彼女の反応は冷ややかだったが、男は何故か安心をしていた。不思議な事だが彼女と話していると、どこか懐かしいような感触がする。もしかしたら互いに気付いていないだけで、自分達は知り合いだったのかもしれない。
「とりあえず、誰かが来るまで座っていようか」
まだ入口が見えていないのなら丁度いいと思い、男は少女を自分の向かいに座らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます