2 絶望が紡ぐ糸

(壱)

 裸の姿にも慣れ始めた頃、砂の道で不思議な事が起こった。目を少し離した隙に、地面から大きな建造物が生えてきたのだ。


 騒音も地響きも無く生えてきた建物群を見ると、上部にナンバーが振られていた。緑色のプレートに、「1」や「6」などのアラビア数字が刻まれている。どの建物にも複数の窓があって裸の自分を見下ろしていたが、人らしき気配はどこからも感じ取れない。


「なんだ、あれ?」


 思わず呟いた言葉に、背後から砂を踏む音が響く。


「あれは、私の家かもしれない」


 突然の気配に驚愕しながら振り返ると、見覚えの無い初老の男性がいた。紺色のパリッとしたスーツに身を包み、自分の裸姿を見ても平然としている。


 初老の男性は自分を見ると、やんわりとした声で話しかけてきた。


「君、ここは死後の世界かね?」


「死後? ここは死後の世界なのですか?」


「私が訊いている。ここは死後の世界、あの世なのか?」


「いや、俺も知らない間にここに……」


 そう言うと初老の男性は寂し気に眉を垂らし、不器用な笑みを浮かべた。


「そうか……。となるとここが何処なのかも分からないな」


「あの……」


「ん、何かね?」


「アナタ、ここが『自分の家』と言いましたよね? あの建物に見覚えがあるんですか」


 男の言葉に、初老の男性は少しの間目を閉じる。


「実を言うと、本当にそうなのかは分からない。ただ見覚えと、長く過ごした感覚があるだけだ。あの建物のどれが私の住まいなのかは分からないし、この感覚もまやかしなのかもしれん」


「そうですか……」


「とりあえず、一つ入ってみようじゃないか」


 初老の男性の言葉に対し、思わず仰け反る。


「危なくないですか? もし変な化け物とかがいたら……」


「こんな無音の世界で二人いるよりかは、怪物でも現れてくれる方が少しは賑やかになるだろう。怖いなら私一人で行くから、君は待っていてくれても構わないよ」


「いやいや俺も行きますよ。行きますけど……」


 男自身、新たな出会いがあるなら相手が天使でも悪魔でも何でも良かった。だが初老の男性とこうして出会い、新たな出会いがあるかもしれない中で一つの羞恥が己の新進を阻んだ。


「ほら俺、裸ですから恥ずかしくて……」


 その言葉に男性は男の身体を見ると、ハッハと豪快に笑った。


「全く何を言っている。君は今、裸なんかじゃ無いじゃないか?」


 その言葉に男は見下ろすと、確かに自分は服を身に着けていた。認識した途端に服の重みが身体に圧し掛かり、下着が陰部を軽く締め付ける感触がする。


「ど、どうして?」


「私が知る訳が無い。だが問題も無いようだし、行くとするか」


「あ、はい!」


 そう言って男は初老の男性を追いかけ、一つの建物に入って行った。

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