(1)
ピピピピ……、ピピピピ……。
忌々しい音と共に、小さな震動が起きた。震源地は頭上二十センチくらいで、まどろみの中へ
爆音の正体は電話の着信で、画面の中央に「アホガイ」と表示されていた。見慣れた名前と冴えてきた頭で察した電話の訳に、小さなため息を一つ吐く。
鹿島はスマホを持った手で目を擦りながら、通話のマークをタップした。
「もしもし?」
「俺だ、バカシマ!」
目覚めて早々に常人よりもワントーン大きめの声を聞いてうんざりし、思わず逃げるように枕に顔を埋める。
「なあ
「何が朝だ。もう二限の講義が始まってるぞ? 人はいないし寝てる奴も多いしで、
「昨日、代返頼んでただろ。昼飯奢るからって。忘れたか?」
「……あれ、そうだったか? 覚えてねえよ」
額を枕に埋めながら腕をスマートフォンごと横に伸ばし、鹿島は小さく舌打ちする。舌打ちついでに深呼吸を一回してから、再度画面に向き合った。
「分かった。どうせ起きちまったし、シャワー浴びたら行くよ。旧人類教授にもそう言っておいてくれ」
「ならさっさと来いよ? 一人じゃ俺も辛いし、今日はゼミもあるんだからさ」
鹿島は電話を切ると、勢いをつけて掛け布団を蹴り飛ばした。どてっ腹を蹴り飛ばされた布団は四肢を丸めて飛んでいき、開けっ放しの押し入れへと突っ込まれる。軌道、折れ具合、着地のスムーズさ。どれをとっても完璧だ。これがスポーツならスロー再生間違いなしだろう。
華麗なシュートを確認してから、服を着替え始めた。鹿島家に伝わる民間療法「掛け布団蹴飛ばし占い健康法」の結果は最高の結果なので、少々の肌寒さも気にならない。
靴を履きながら、念のため鞄の中身を確認する。提出用の原本は入れっぱなしにしている。配布用のデータはUSBメモリに保存しているが、昨日見た限りではしっかりと保存されていた。後は必要部数分印刷するだけだが、学部棟のプリンタは常に混んでいるのでゼミ出席者全員分となると少々時間がかかるかもしれない。
だが今日必要なのはこれくらいだ。元々大層に用意するのは好みでは無いし、三回生ともなると講義の数も少なくなるので、鞄の中には大したモノは入っていない。
鹿島は改めて中身を確認した。
筆箱、
数冊の教科書、
提出用レポート原本、
ゼミに使う資料、
USBメモリ、
暇潰しの文庫本、
キシリトールガム、
対・十次元極地支配概念状生命体用防護ソフトウェアの予備。
全てしっかりと入っていた。
今日はいい事があるかもしれないと思いつつ、鹿島は家を出た。
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