慟哭のメタモルフォーゼ
田中 スアマ
1 崩壊後の世界で
(零)
目が覚めるとそこは、男の知っている世界では無かった。
見上げた空には月や太陽も無ければ、星や雲すらも浮かんでいない。あるのは七色に移り変わる不気味な空模様だけで、今が何時かも、朝なのか夜なのかも分からなかった。
ぼんやりとした頭で理解出来るのは、自分が存在するここが途方も無く広い空間である事だけだ。見渡しても人はいないし、地平線の先まで目を凝らしても建物どころか何らかの凹凸すら見当たらない。地面には小粒の砂が敷き詰められているようだが、足の裏からは何の起伏も感じ取れない。粗雑なレンガに立っているような感触だ。
まさか自分が眠っている間に、世界が滅亡したのだろうか。そう考えてから、男はそれを振り払った。
それは絶対に違う。この世界に流れる空気は、明らかに自分の知っているモノではない。頬を打つ風も無ければ匂いも無いが、それでもどこか確信に似た力強さが胸を打っている。この何も無い世界でただ一つだけ理解出来るのは、ここが自分のいた世界ではない事だけだ。
となるとこれは非常の中の非常、最非常事態だ。沸き上がる恐怖と混乱からは目を逸らし、ここがどこの惑星だか異世界だかはこの際置いておくとしよう。問題は、自分がどうしてここに来る事になったかだ。
よく考えてみよう。確か俺は……。
……。
……。
頭の中に形の無い恐怖が浮かび、嫌な予感が走り抜けた。
何も思い出せない。ここに来る前の記憶、それどころか何の記憶も思い浮かばない。どこに住んでいたとか、何が好きだったとか、誰かを知っているとかそういうモノ一切が頭のどこにも見当たらない。
そもそもの話、俺は何故〝俺〟と認識している? よく見れば自分は素っ裸だ。地面の感触が分かるのも自分が裸足だからだ。裸の足は二つの大腿へと繋がり、間に一本の粗末なモノをぶら下げている。
いや違う。見るまでも無く、俺は間違いなく男なのだ。確かに身体のどこを触っても硬さのある骨格だし、発した声が耳に伝わる音程も低い。だが実物の中に包まれた俺の意識とでも呼ぶべきモノが、俺を男だと確信している。
自分の一物を見て深呼吸するなど間抜けの極みだ。それでも不思議と心が落ち着いてきたので、改めて問うとしよう。誰もいないので、この世界に対して問おう。
俺は誰だ?
どうして俺はここにいるんだ?
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