明るい異世界のんびり旅行記

黒井森之亮

第1話 水晶が光る

 僕は今、大変な事になっている。


 なんでこんな事になっているのか、正直分からないけど、とりあえず、僕の目の前には見るからに偉そうなお爺さんが、にこやかに笑いながら座っている。


 とても高そうな服を着ているし、そばに立っている人はどう見ても執事だし、細かいところまでよく掃除されたすごく綺麗な部屋で、きっと僕が座っているソファーも高級だろうね。座り心地が良い。


 これって僕が座っても良いものなのかな? 


 それにどう考えても、目の前のお爺さんは貴族なんだろうと思う。


 そんな風に思ったら、僕はなんとも落ち着かなくて、部屋の中をキョロキョロと見渡していたが「大人しく座っていろ、恥ずかしい」っと隣に座る父さんに頭を押さえつけられた。


 僕はアル、今年で15歳だ。


 王都に店を構える商家の息子だけど、僕は庭にある離れに1人で暮らしている。


 あぁ、心配しないで。


 身の回りの世話は住み込みの使用人さん達が交代でしてくれるので、僕は別に苦労はしてない。


 それに読み書きや計算も習っているし、剣術の稽古だってしている。


 今日も朝はいつも通りに起きて使用人さんが用意してくれた朝食を食べていたら、急に父さんが離れを訪ねて来た「どうしたの?」僕が首を傾げると「良いから来い」と手を引かれてお店の応接間に連れて行かれた。


 そこには教会の司祭のお兄さんが来ていて、僕が席に着くとニコリと微笑んだ後で僕の適性を測りに来たと言った。


 この国では15歳になると全ての子供が適性検査を受けるそうだ。と言うのも、お兄さんからの説明を受けるまで僕はそんなのがあるのを知らなかった。


 お兄さんの説明だと王国に住む全ての子供は15歳になると水晶を使った簡単な検査で能力を測られるそうだ。


 そして、そこで能力が高いと判定されると後日、さらに別の方法で、細かい適性を調べられるのだそうなのだ。


 お兄さんは説明し終わると「この水晶に手をかざしてくれるかい?」と僕の前に水晶を置いた。僕はその言葉に「はい」と頷き返して、水晶に手をかざす。


 水晶は驚くほどの光を放った。


 僕が眩しくて少し目をつぶると、お兄さんが「おぉ、すごい」と呟いて、父さんは「やはりか」と言いながらハハハっと笑った。


 午後になると再び父さんが離れに来た。


 1日に2度も僕に会いに来る事なんて今までなかったから僕は驚いたけど、父さんはそんな僕の様子を気にせずに「来い」と僕の腕を引っ張ると、すぐに店先に止めてあった馬車に乗せた。


 そして、僕は今この部屋にいる。


 ニコニコと笑ったお爺さんは、コホンと咳払いしてから口を開いた。


「わざわざ来てもらって悪かったな」

「いえ、とんでもございません。本日はイゴール様のお屋敷にお招き頂き、恐悦至極にございます」


 父さんは頭を下げた後で、僕を見て慌てて僕の頭を押さえつけながら下げさせる。


「頭を上げて楽にしてくれ、何もとって食おうと言うわけじゃない」


 イゴール様がそう言うと父さんは「ありがとうございます」と言って僕の頭を押さえるのをやめて、自らも体を起こした。


「それで、今日はどのようなお話でしょうか?」

「今日はお願いがあってな」

「お願いですか?」

「あぁ、アル君を我が家に養子として迎え入れたい」


 イゴール様がニヤリと笑うとお父さんは「なっ!」と小さく言って目を見開いた。


「もうご存知なのですか?」

「あぁ、今日の午前中に水晶が眩いほどに光った事は知っている」

「しかし……」

「言いたい事はわかる。だけど、君も商人ならわかるだろ?」


 隣に座った父さんがゴクリと唾を飲み込んだ音が聞こえる。その様子を見ながらイゴール様は目を細めた。


「王国は地方貴族達を救済する為に、水晶が光った全ての子供の適性検査が終わった後で、貴族の希望を募り抽選によって交渉権を与えている。だけど、例えば地方の貧乏貴族が交渉権を得てしまったら、アル君が幸せになれると思うかね?」

「それは……」


 父さんが俯いて小さく首を横に振る。


 僕はそんな父さんの様子を見て、父さんが僕の幸せを考えてくれているなんて思ってなかったから、少し嬉しくなった。ついつい微笑んでしまう。


 イゴール様はそこで気持ちを切り替えるようにまたコホンと咳払いをした。


「アル君を我が家の養子に迎え入れるにあたって相応の礼金を支払おう。どうだ、君にとっても私にとっても、もちろんアル君にとっても悪い話じゃないだろ?」

「それはとてもありがたいお話なのですが、王国が黙っていないのではありませんか?」


 父さんが探るようにイゴール様を見ると、イゴール様はより一層笑みを深めた。


「水晶による検査を受ける前に養子にした事にすれば問題ない。幸いな事にアル君はアンジェの子供だ。我が家の者とも縁がある。我が家が生前親交のあったアンジェの子供を養子にした事にすれば良い」

「そんな事がまかり通るのですか?」

「他の貴族達もやっている事だぞ、何事も本音と建前がある。王国だってその辺は分かって目をつぶっているんだ」


 イゴール様はそこで後ろに控えていた執事を見た。執事は小さく頷いた後で、父さんの前にガシャガシャと音がなる大きな布袋を置く。


「それは先程話した礼金だ。中を確認してみたまえ」


 イゴール様の言葉に父さんは頷くと慌てた様子で、布袋の中身を確認した。そして、あんぐりと口を開き、その目を大きく見開く。


「そんなに驚くほどの事ではないだろ? 君も王都の商人ならもっと貴族のやり方に詳しくならなければいけないな」

「さようでございますね」


 父さんは真っ直ぐにイゴール様を見た後でニヤリと笑ってから「息子をよろしくお願いします」と頭を下げた。それを聞いたイゴール様は満足げに頷く。


 その後で、父さんとイゴール様は契約書を交わして、僕は貴族の養子になった。

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