12.わたくしの踏みしめるもの3


 ある日、日課を終えて汗を流し、朝食までの時間を自室で寛いでいると、アルがふと思い出したかのように言いました。


「そういえばお嬢様、この頃また一段と加護ブレスofオブ野良ゴンが成長して参りましたね」



「・・・えぇ、まぁ」


 言い方はともかくとして。



 そうですね、思うところがないわけではありません。

 ソラとわたくしの体格、重量差はかなりのものがあります。

 遭遇した瞬間に感じた壁のような、というほどではないにしても、通常のアサルトレオーより二回りは大きいですから。


 もう少し分かりやすく申しますと、先に遭遇していた二頭など、平均的なアサルトレオーは四足で立っている状態で大人の肩くらいに届くサイズなのに対して、ソラは脚を畳み腹這いになった状態ですら大人の背丈を越えるほどです。


 ・・・そのようなソラがです。

 わたくしが蹴り飛ばせるほど軽いわけがありません。

 事実、半分力比べの様相を呈していたとしても、大人が数名係りで引いてビクともしなかったのですから。


 ですから、あれはバーストグリーブの・・・延いては野良ゴン様から頂いた加護のお力があってこそ、というのは重々心得ております。


 ですがいつかは自身の力のみで、蹴り飛ばすまでいかないまでも、蹴り転がすくらいはできるようになりたいものです。



「そういうわけで、百中の百とはわたくしも思ってはおりませんが、九十八、九くらいはバーストグリーブのおかげであることは分かっています」


「いえ、加護があってもそれを使いこなすだけの素地がなければ、あれだけのことはできませんよ、お嬢様」


「・・・そうでしょうか?」


「そうでございますよ。・・・正直なところを申し上げるのであれば、お嬢様がフィリオお坊っちゃまと身体を入れ換えるように前に出られたあの瞬間、私は肝が潰れる思いでした」


「それは、なんと申しましょうか・・・心配をかけてしまいごめんなさい」



 でも、同じようなことがあれば、わたくしは間違いなく同じことをします・・・蹴るかどうかはまた別ですが。



「・・・まぁ、心の内は当日に散々お伝えしましたからここまでに致しましょう・・・話を戻しますが、最初にあの至近距離でソラの一撃を凌がれましたのは、間違いなくお嬢様の実力です」


「そう、ですか・・・そうでしたら、嬉しいですね」


 相手の攻撃を一度躱しただけ。

 言葉にするとたったそれだけのことでしかありませんが、それでも、わたくしのこれまでしてきたことが無駄ではなかったと認められたようで、それは本当に嬉しく思い・・・




「それに、お嬢様の普段の頑張りがあってこそ、加護も一緒に成長して炎を扱えるようになったのではございませんか」




「・・・・・・はい?」


 炎?



「いったい、何の話をしているのですか?」


「いえですから、野良ゴンの加護のとこでございますよ」



 ・・・いつものごとく話の流れが唐突に絶たれたわけではありませんでしたか。

 で、あればこそ。


「何故、話題に火の気が・・・?」


 わたくしはまだ使える魔法を覚えていませんし、火遊びをした記憶も、ありません。

 それなのに、どこから煙が立ったのでしょう?



「ほら、ソラを吹っ飛ばされたとき、纏われていたではありませんか。鮮やかな深紅の炎を」


 っ!? 少なくともわたくし自身にそのような記憶はありません・・・


「いや~、実にお見事でした。きれいに燃え移った焔がソラの顔面を火だるまで彩って、完璧に御されておいででございましたね」


「・・・待ってください」



 頭痛の気配がして参りました。


 言いたいこと聞きたいことが後から後から溢れてきます。

 合わせて頭痛の種も溢れてきます。



 全てを言って、聞いてをしていては朝食の時間になってしまいますから、今は手短に、順番に・・・


「・・・まず、ですが。わたくしは、あのとき炎を身に纏っていたのですか・・・?」


「えぇ、そうでございます。お嬢様は普段から凛々しくていらっしゃいますが、朱く照らされ燃え上がるお嬢様はより一層輝いて見えました」


「物理的に炎上していれば、それは輝いても見えることでしょう・・・」


「しかし、あれだけ盛大に輝いておられましたのに、気が付かれなかったのですか?」


「えぇ、お恥ずかしながら、全く」


「飛んでいったソラの顔面も燃えていたのですが・・・」



 ・・・飛び行くソラから延びた紅い線は血だと思っていました。

 今このときまでは。

 あのとき、頭に血が昇って熱くなっていましたが、まさか全身が燃えて身体的にも熱くなっていたなどと、誰が想像できたでしょうか。


 まぁ、あの場にいらした面子は想像する以前に実際に目の当たりになっていたのでしょうが。



 と、申しますか。


「炎上していたという割りに、わたくしも、わたくしが身に纏っていたものも焦げた跡すら見られませんでしたが」


「はい。ですのでそれも含め、とてもお上手に火を制御されておいででございました、と」



 ・・・それは自分の意思でどうにかなるものなのですか?



「そこはほら、加護ですから」


「そしてそれです。野良ゴン様から頂いた加護は身体能力の強化ではなかったのですか?」



 体力がついてきたと喜んでいたところを突き落とされた記憶は当分忘れはしませんよ。


「私も本り・・・本人ではありませんので、実際の効力までは存じ上げませんが、特にそういった制限をしているとは聞いてはおりませんね」


「出かかった不穏な言葉はスルーします」





























「・・・もしかして、ですが」


「はい?」


「ソラのたてがみが白銀にも見えるのは・・・」


「あれは銀などという輝いた色味などではなく、火傷の名残で灰色がかっているだけでは?」


「・・・・・・」

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