11.わが家の珍客2



「ぅお嬢様っ!!!」


 しかしそこは、無駄に万能なアルです。

 飛び付く魔物とわたくしたちの間に入り込み、こちらに飛びかかった魔物を受け止めます。

 自分より遥かに重量も体格も上の相手を押さえ込む様を見るのは初めてではありませんが、いつ見ても我が目を疑う光景です。



 と、申しますか。

 然も間一髪というかのような声音と表情でしたが、今のはそれなりに余裕がありませんでしたか。

 わたくしを呼ぶ声に“溜め”がありましたよね?



「ご無事ですかお嬢様!」


「はい。ありがとうごさいます、アル。」


 ですが助けてもらったのは間違いありませんから、しっかりとお礼だけは述べておきます。


「ガリル、お前はお嬢様の護衛に回れ!」


「了解しました!」


「頼むぞ!」


 そうすれば、先にアサルトレオーと戦っていた方から一名が即座にこちらに駆け寄り、わたくしとフィリオは再び二名で守られる形になりました。



「リュミエールお嬢様、フィリオ様、大事ありませんかっ?」


「えぇ、わたくしは大丈夫ですが・・・フィリオ?」


「・・・・・・」



 ・・・反応がありません。

 少しばかりショックが大きかったのかと思います。

 繋いだ手も、表情も、こわばった形からまるで動きがありませんし。


 まぁ、初めての魔界で狙ったかのように立て続けに魔物と出くわしてしまい、処理能力の許容量を越えてしまったのでしょう。



「・・・しばらくすればまた落ち着くと思いますから、お二人は周囲の警戒をお願いします」


「「はっ!」」



 と、いうわけで。

 フィリオには慣れてもらう他ありません。


 頑張ってください。



 と、このように魔物は二頭に増えたのに呑気に会話をしていられるのも、アルが魔物に飛びかかったまま一人でもう一頭を相手取っていて状況が然程悪くないからに他なりません。

 先程まで兵士が、周囲の警戒含めとはいえ十名で相手取っていた魔物を一人で押さえ込んでいるのですから、やはり無駄に万能です。



 ・・・このとき、油断したつもりはありませんでしたが、普段はまず遭遇することのない魔物に二頭も遭遇し、頭のどこかではこれで終わりと思ってしまっていたのかもしれません。



 二頭目が現れてからそれほど時間を置かずに、先の一頭が力尽き倒れようとした、その瞬間でした。



「っ!? 後ろですお嬢様!!!」



 今度は溜めもなく、更には珍しくも焦ったかのようなアルの怒声が響きました。


「っ!」



 咄嗟に振り返ることができたのは、日頃の訓練の賜物でしょう。


 振り返ったその目に映ったのは、撥ね飛ばされる護衛の一方と、ここまで接近を許したことが信じられないほど大きな、わたくしからするとまるで壁と見紛うばかりの巨大な体躯。


 そうして、こちらを何の感情もなく、只々邪魔なものを見るような目で見る蒼い眼と。


 振り上げられた前肢。



「お、ょ・・・まっ!!!」

「・・・っっ!?」

「っ・・・、さ・・・いっ!!」



 ・・・回りの音が遠くに聞こえました。


 目に見えるものと、自分の思考が、間延びしたように感じられます。



 アルが魔物を放り出し、走り寄ろうとしているのが見えます。


 きっと他の方も同じようにされているのではないでしょうか。



 しかし、間に合わないでしょう。

 走り寄るのと、脚を振り下ろすのとでは、明らかに後者の方が早いです。


―お嬢様―リュミエールお嬢様―くるくるくる、って―ありがとう、二人とも―お顔が下がっていますよ、お嬢様―は、はい―Let'sダンス!致しましょう―頑張ってくださいな―相棒をよく振るったものです―乗っていた、だよ―


 ・・・これが走馬灯というものなのでしょうか。

 色々な方との会話が、その光景が次々と頭を掠めては消えていきます。



 ですが、その声のひとつが、わたくしから退くという選択肢を奪い去るのです。



―姉さま、すごいですっ


 繋いだ手の温かさを、


――姉さま・・・はい、ごめんなさい


 その先にある命を、


―――はい、姉さまっ!



 弟を、失いたくはない。



 ですから、わたくしはその温もりを手放すのです。

 まだこちらに振り返りきれていないフィリオの背を押して少しでも目の前の巨体から遠ざけます。



 ・・・これで、少しでも時間ができればあとはアルが追い付いてなんとかしてくれることでしょう。



 わたくしがフィリオを失わない代わりに、フォリオはわたくしを失うのは、まぁ、許してはもらえませんでしょうが、ごめんなさい。



 そうして、目の前に鋭く凶悪な見目の魔獣の爪が迫る中、状況に反してゆっくりと流れるわたくしの時間の中で、まだ続いている心地よい走馬灯に安らかな気持ちで目を――





―くぉるぁ! アルフレドぁ~!!!

――ひぃっ!?



―本当に邪魔ですね



―まだこれからが成長期では?

――そういう意味ではありません



―呼べばすぐ来ますよ



―ぅお嬢様っ


―靴にございます



―説明

――はい



―一方的に屠れる武力であると愚考致します―――
















 ・・・・・・・・・イラッ







 ・・・なにか、こう、酷く、とても、ぶち壊された気分です。

 このようなときにまで自己主張をすることはないのではありませんか?

 何故、よりにもよって最期の記憶がアルに侵食されなければいけないのですか。

 今くらい、家族に譲ってください。


 

 考えれば考えるほど、頭がカッカして過熱し出し閉じかけた目を開けば、視界も思考も邪魔をするように、何かが目の前を塞いできます。


「・・・邪魔です」


 その邪魔物に手を這わせ、迫る勢いを利用して自分の身体をそれが迫る軌道上からずらします。


 そうすると次に目に映るのは白い顔と蒼い瞳。

 アルに思考を侵される事態になった原因。



 ・・・・・・・・・ぷちっ



 わたくしの内の何かが切れるような音を合図に、


「・・・ノブレス」


 身を低く低く、低く屈め、


「オブ・・・」


 両の脚に限界すら越えて力を溜め、


「リーーーーーーーーーっっっジュ!!!!!」



 魔物まとに向かって解き放ちますっ。



 どぐぅおぉぉぉぉっっっっっ!!!!!

「ぐふぉあっっっ!!??」




 狙い通りまとの真ん中にバーストグリーブの蹴撃が突き立った相手は、紅い尾を引きながら、何本かの木々を巻き込み、魔界の奥、巻き込まれた木々を差し引いてもまだ見通しの利き辛い方へと吹き飛んでいきました。



 ・・・アルが口にしていた武力が咄嗟に出たのは、やはり思考を侵食されている証拠ですね。





「「「「「・・・・・・」」」」」


「・・・なんですか」


「「「「「い、いえ。なにも・・・」」」」」



「・・・」


 フィリオも、そんなに大きく目を見開いて、まるで目が零れてしまいそうですよ?




   ◆




 その後。


 二頭目のアサルトレオーは逃げ出し、三頭目の変異種と目される大型で白いアサルトレオーも飛ばされた(飛ばした)先では見つからず、かといって怪我をした方が多いままで魔界側にあまり深入りするわけにもいかず、お父様に報告した(とても怒られました)上で、警備の人数を増やしてしばらく警戒することとなりました。



 これが五日前のことです。


 明けて翌日、今から四日前の早朝。

 庭に、わたくしが吹き飛ばしたと思わしき白いアサルトレオーが居座っていました。

 人数も増やして警戒の度合いも上げていたにも関わらず、いつの間にか。



 当然のことですが、屋敷内は騒然。


 しかしその魔物は人間サイドが騒がしくなるのに反してこちらが姿を見せてもまるで反応をせず、それどころか武装した兵士たちで取り囲んで威嚇されたり矢や魔法などで離れたところから攻撃を受けてすら、その場に留まり続けたのです。

 なお、最終的には屋敷内でも力自慢の方々が集まって数人係りで綱引きまでしましたが、魔物を動かすことは叶いませんでした。


 かと思えば、唯一わたくしにのみは反応し、こちらにお腹を見せてゴロゴロとするものですから、回りからの視線がとても、えぇもう、それはそれはとても痛かったです。




 そのようなわけで。


 件の白い魔物はわたくしが面倒を見ることになり・・・と、申しますよりそれ以外の選択肢がなく・・・但し近付くのはわたくしの他に護衛が一緒にいるときだけ、ということで決着しました。

 お父様は討伐どころかまともな戦いにすらならない事実にとても不本意そうで、苦虫を噛んだようなお顔をしていらっしゃいましたけど。


 そして瞳の色の印象から(アルが)ソラと名付けたこの魔物は、こちらの言葉を理解している素振りが見られましたので、ダメで元々と、魔物を相手にした戦闘訓練の協力をお願いしてみました。



 結果、あっさりと是の返答があり、日課にソラを相手取った訓練が追加されたのでした。


































 ・・・増えた日課はお父様に即バレし、再び盛大に怒られました。


 まぁ、止めませんが。

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