9.わたくしと弟と



 お母様たちが帰って来られてから、早数日が経ちました。

 これ即ち、お祖父様たちが来られてから数日が経ったということです。


 弟妹たちが不在の間は(一部を除き)少しだけ静かだった我が家も、いつもの心地よい賑やかさを取り戻しています。



 ・・・極々一部とその周辺は常ならぬ騒々しさですが。



 てすが、百・・・・・・万歩譲って、今は騒動も日常の一部として数えましょうか。

  お祖父様も折角遠路遥々お越しくださったのですから、思出話の三つや四つくらい持って帰って頂きたいですし。




 本日もまた敷地の何処いずこかでアルとの思い出けんかを積み重ねられている音を努めて意識から追い出した上で、弟妹たちと一緒にお祖母様とお話をしています。


 ここ数日で色々なお話をしましたが、レーニ侯爵家でしばらくの間過ごしてきた弟妹たちと違い、わたくしはまだまだ話題が尽きません。



「では、やはりロアシン様も王都の学園に通われるのですね」

「それも受かればのことだけれどねぇ」

「ですがロアシン様はとても賢くていらっしゃったと記憶しておりますわ。試験は一般的な知識と、それに臨む態度を見られるものと伺っておりますし、あまりご心配されることもないのではありませんか?」



 今はわたくしたちの従兄弟でお祖母様のお孫さんである、ロアシン様のことを伺っております。


 わたくしと同じお歳ですので、あちらも年が明けたら学園に通われるはずと思いお祖母様に伺ってみれば、想像した通り同じ王都の学園に通われるそう。



「あの子は確かに頭の出来は良いんだけど、変に出来が良いせいで自分が同じ年頃の中でも秀でてるのが分かっちまって、ちょいとばかり調子に乗ってたからねぇ。足元を掬われやしないか心配なのさ」


「あら、まぁ。ですが、わたくしと同年代くらいでしたら、回りよりも優れていることに調子づいてしまうのは、年相応のことではないでしょうか?」


「それを同い年あんたが言うのかい・・・」



 お祖母様が何やら呆れたような諦めたようなお顔で仰いますが、自分の考え方などがやたらマセている自覚はありますのでここは秘技気が付かないフリです。


 そしてロアシン様のそれは、言い換えるのであれば自分に自信を持っているということですし、本人の資質だけではなく、これから大人たちが如何にして良い方向に導いていくかが重要になってくるのだと思います。



 思うのですが・・・



「“乗っていた”、ですか?」


「あっはっはっ! そうそう、乗っていた、だよ。こないだ盛大にその鼻っ柱をへし折られてねぇ」


 お祖母様はとても愉快そうに笑いながらわたくしの疑問に応えてくださいました。

 何があったのか、と更に首をかしげていますと、笑顔のままわたくしの隣に視線を向けられます。


 隣には、どことなく怒った顔をしたフィリオがいます。


 はて?

 先程までとても機嫌良くわたくしたちのお話を聞いていたはずですが、どうしたのでしょう?



「フィリオ、何かあったのですか?」


「・・・っ!」


 聞いてみますが、本人は怒り顔を崩して今度は叱られるのを怖がるような顔になり、口を開こうとしては閉じてを繰り返しています。


 ですので、確認するように再度お祖母様の方に顔を向ければ、まだ笑われたままではありましたが、何があったのかをフィリオに代わり教えてくださいました。



「なに、ロアシンがフィリオとケンカしてね。木剣を使っての試合になったんだけど、ふふっ・・・大きな口叩いてあの子はフィリオにぼろ負けてね、その場で大泣きしちまったのさ」


「あぁ、それで・・・」



 そっと横を盗み見れば、フィリオはいよいよもって泣きそうになり顔を伏せてしまっていました。


 なんとなく、ですが分かりました。

 フィリオはレーニ侯爵家よそさまのおうちでその家の方と喧嘩なんかをしたことをわたくしに叱られるとでも思ったのでしょう。



 木剣でも当たり所が悪ければ取り返しのつかない怪我をしますし、まだ身体も技術も成長途中の二人では人体でも比較的危険が少ない部位だけを狙って打ち込む、当てずに止める、などといった芸当も難しいでしょう。

 更には感情的になり自分のみならず、誰かを、この場合はロアシン様を危険に晒すようなことをしたのですから、反省を促して次に繋げさせなくてはなりません。



 ですがほら、耳を澄ませば未だに聞こえてきます。


 ここのところ毎日飽きもせず、叱られようともまるで行動が変わらない反面教師二人組の、無益極まる争いの音が。


 物理的に手を出す喧嘩というものがどういうものか、どれ程見ぐる・・・・・・回りの目にどう映るのか、フィリオもここ数日でよくよく学んだのではないでしょうか。



「フィリオ」


「は、はい・・・」


「恐らくはその場でお母様たちに沢山叱られたのでしょうし、きっとあなたも帰ってきてからは喧嘩が周囲にどう見られるのか知ったことと思います。ですから、わたくしからあまりあなたを叱りつけるつもりはありません」


「・・・・・・はい」


「ですが、話し合いで解決できることはあなたが思うより多くありますから、どんなときも会話の姿勢を忘れてはいけませんよ? そして何よりも、あまり心配をさせないでください」


「姉さま・・・はい、ごめんなさい・・・・・・」


 あとは・・・

 

 

「よく、勝ちましたね。自分より大きい相手に勝てたのはあなたの努力の結果です。そこだけは誇って良いことですよ」


「! ・・・はい、姉さまっ!」






「そういうとこを褒めるのはクラウディアスの血かねぇ・・・」






























「そういえば、なぜ喧嘩などになったのですか?」


「ロアシン殿が姉さまのことをばかにしたんです! 姉さまが女だから、弱いって・・・それで姉さまは強いって何度言っても全然信じてくれなくて・・・」


「あら、でしたら今度お会いしたときはわたくしも手合わせをお願いするとしましょう」


 女性でも強い方は沢山いらっしゃいますのにね?

 わたくしはまだまだその強い方々の域には及びませんが、ロアシン様の誤解を解いて差し上げることくらいはできそうです。




「・・・あんたつい今しがたの会話の姿勢をうんぬんって話はどこ行ったんだい」



 魔界へ旅行に行きました。



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【魔界】

クラウディアス魔界。

魔物が沢山いて会話の『か』の字も存在するか怪しい所。


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