8.先生と気になること
昨日から降り続く雨が、ただでさえ冷え込む気温に追い討ちをかけており、寒さに弱い方からすればまるで凍えるようにすら感じられるのではないでしょうか。
本日は雨が降っているからと外で日課の格闘術を行うのも止められてしまいましたし、(兵士の方たちの訓練に少しばかり混ぜて頂いたあとに表向きは)ホールで型の復習を一通り行うだけに留めます。
そうして午後の早い時間には本日のお稽古も終わってしまいました。
雨のせいでおいで頂けなかったお稽古の先生もいらっしゃいましたから、普段よりも時間に余裕があります。
折角なのですから普段あまり個人的にお話しする機会の少ない方とのお話を試みてみましょうか。
◆
「・・・と、いうわけで、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか、ロザリンデ先生」
「何がどういったわけなのか寸分たりとも伝わってきていませんが、時間ならありますわよ、お嬢様」
やって
思えば、お稽古でお顔を拝見することこそ多いものの、そこは厳しいロザリンデ先生、あまりお稽古のこと以外でお話しする機会もありませんでした。
そのためか、わたくしのお稽古の多くにおいて先生を担当して頂いている、沢山の知識を持ち綺麗にお歳を召された女性、ということくらいしか存じておりません。
いつも疑問に思っていても聞けなかったことをこの際ですから思いきって聞いてみたいと思います。
「ロザリンデ先生がお腰に付けたその道具についてなど、教えて頂きたく存じます」
「“こちら”でございますか?」
そう仰って、先生がお部屋で寛がれておいでのはずの今も
そうです、それは装備と呼ぶのが相応しい、と言いますか。それ以外に適切な呼称がない代物。
その名を、鞭。
短鞭・・・俗にいう教鞭ではなく。何重にもとぐろを巻いた、長い、革張りの、マジものの鞭です。
つまりはガチ鞭です。
「はい。初めてお会いしたときから気にはなっていたのですが、中々にお伺いする機会がありませんでしたもので」
「あらあら。それでしたらもっと早くに聞いてくださればお答えしましたのに」
「いえ・・・なんと申しましょうか。わたくしがお伺いして良いものなのか、判断が付かず・・・」
と、申しますか。
普通に怖くて。
よくよく観察してみますとこの鞭、所々艶を消して革と同じような色合いになった金属が貼り付けられているのが分かるのです。
・・・ガチムチ、見た目からして殺意が高いです。
ですが・・・
「ですが、積もりに積もった好奇心を押さえられませんでしたもので」
「そうでしたか。ですが、隠すようなものでも、そんなに面白いお話でもありませんよ?」
「そうなのですか?」
「えぇ。なにせ、私が昔冒険者をしていた頃から愛用している、というだけのことですから」
「まぁ!」
お歳の割に背筋も足腰もまるで衰えられていらっしゃらないので、何かお身体を動かすお仕事に就かれていたのではと予想はしていましたが。
冒険者。
それは人々からの依頼を受けて、様々な種類のお仕事をこなすオールラウンダー。
荷物の配達から子守り、街道をいく人々の護衛に驚異となる野性動物や魔物の討伐まで。
全体的に広く浅く、仕事の知識を持たれていますが、時折その道の専門家さえも舌を巻くほどの知識と技術を身に付けた方もいらっしゃるそうです。
ちなみに。
クラウディアス領主館でお仕事をされる場合、最低限の自衛をできることが条件となっております(伊達に魔界と呼ばれる領域を背にしていません)ので、武器の持ち込みはほぼ必須です。
ですから、ロザリンデ先生が冒険者をされていて、その時分から使い慣れた武器が鞭ということでしたら納得です。
と、申しますか。
これが自衛のための武器というのでしたら、むしろ安心です・・・戦う、以外の用途で保持されているのでなくて本当にホッとしました。
「まだ、お嬢様がお生まれになられるよりも前のことです。ですが、こちらのクラウディアス領内で活動していた時期もあったのですよ?」
「・・・存じ上げませんでした。もしかして、お父様たちともその時にお知り合いに?」
「えぇ、えぇ。今でもよく覚えていますよ。旦那様はよくこのお屋敷を抜け出してお勉強をサボろうとされておいででしたわ」
「お父様・・・」
「ですから、それを見つける度にこの“相棒”をよく振るったものです」
「・・・」
・・・・・・やはりガチムチは恐ろしいものでした。
「ところでお嬢様。私などよりももっと普段お話しされる機会の少ないレーニ前侯爵様や奥方様方とはお話しになられなくてよろしいのですか?」
「
「・・・お二人とも本日は何をなされたのですか」
「客間の窓ガラスを窓枠ごと粉砕しました」
「・・・・・・お嬢様、申し訳ございませんが私少しばかり用事ができましたので本日はお暇させてくださいまし」
「いってらっしゃいませ、ロザリンデ先生」
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