7.メイドのお仕事



 結局のところ。


 お祖父様だけでなくお祖母様も馬車に乗っていらして、お二人ともしばらくはわが家にご滞在されるそうです。


 心より歓迎致しますわ、お祖母様。







 そして、明けて翌々日となる本日。


 昨日はお稽古はおやすみさせて頂き、お祖父様、お祖母様もお迎えした家族揃っての団らんを楽しみました。

 弟妹もお祖父様のお家で何があったか、従兄弟たちがわたくしに会いたがっていらした、一緒に剣のお稽古をしてきた、などなど。お土産話も色々と聞かせてくれました。



 本当に。


 それはもう、心の底から本当に。


 わたくしが同行させて頂かなくて良かったと、ひいてはアルを引き連れて行かずに正解だったと、わたくしの感想はそれに尽きます。


 本日もまた飽きることなくわたくしが日課に打ち込む庭の隅で威嚇合戦をしている二人を見て、そう改めて思います。

 まぁ、今は構う余裕もありませんし、好感度をゴリゴリと削りながら放っておきます。


「ふっ・・・はあっ!」

「良いです、よっ、お嬢様! そのまま、攻め続けてくださいよっ、と」

「やあっ!」



 さて、先だって日課と申しましたが、わたくしは今徒手空拳による打ち込み稽古をしています。


 エリーさんを相手に。



「はっ! シィッ!」


 とにかく低く、低く、更に低く、身体を前傾に持っていきながら前に出て足を払いますが、さっとかわされてしまいます。

 しかしわたくしもその勢いのまま相手の脇を通りすぎて距離を取り、来ないと分かっている反撃をもらわないことも心がけて動きます。


 休憩を挟みつつ一時間ほどそんなことを続けた頃合いでしょうか。



「・・・はい、それまで!」


「・・・っ、はぁ、はぁ・・・っはぁ・・・・・・ありがとう、ございました。 ・・・はぁ、はぁっ」


 エリーさんから終了の合図を受け、わたくしは息を整えながらお礼の挨拶をします。


 本日は型稽古を終えてから、エリーさんが防ぎ、避けるところにひたすらに打撃、可能であれば関節技や投げ技に入る隙(そんなもの微塵もありませんでしたが・・・)を伺いつつ、拳と脚を振るい続けました。


 この頃ではこうして、主にエリーさんにお相手頂いての格闘による戦闘訓練を日課としています。

 以前はどちらかといえば剣、槍のお稽古が主で、徒手空拳での格闘は護身術程度にしか教わっておりませんでした。



 では何故、今になってこうして格闘術を学んでいるのか。

 端的に申しますと、バーストグリーブのためです。


 屋敷を背にした魔界と呼ばれる領域から、いつ魔物が出てくるか分かりません。

 わたくしもクラウディアス家の者、そうしたときには前に出て戦う役目があります。


 で、あれば。

 手持ちの武力を最大限活かす術は身に付けておいて然るべきこと。

 そしてわたくしが持つなかで最大の性能を誇る武器こそが、他でもないバーストグリーブなのです。


 更に申し上げるのであれば、恐らくは領内でも最大の攻撃力と防御力を兼ね備えているのではないかと睨んでいます。



 このため、わたくしは日々の訓練の主体を生身による攻防へと切り替え、屋敷のなかでも高水準の戦闘技術を持つ使用人に協力してもらい、学び直している最中なのです。



「姉さま、すごいですっ、カッコイイです!」


「おねえさま、かっこいい。ダンスみたいでくるくるくる、って」


「はい、まるで踊っているようでした!」


「・・・はぁ・・・ふぅ。ありがとう、二人とも。でもわたくしもまだまだ精進しなくてはなりません。エリーさんにも軽くあしらわれてしまっていますし」



 それでも弟妹たちの目にはそれなりのものに映ってくれたようで、弟のフィリオは興奮しながら、妹のクリスティエ――クリスは、その場で手を広げ可愛く回ってみせながら褒めてくれます。

 まぁ、二人に格好悪い姿を見せるわけには参りませんから、いつもより少しだけ気合いが入っていたのは否定しません。



「いや、ってか・・・お嬢様のお歳でこれだけ動き続けられれば十分過ぎるほどですって。それによくあれだけ低姿勢になったり跳ねたりして次の動きにつなげられますね」


「ありがとうございます。しかしお褒め頂けるのは大変嬉しく思いますが、エリーさんからは未だに一本も取れていません」


「そりゃあ、私の場合どっちかってーと、荒事の方が本職ですからね。守るべき対象であるお嬢様にそうそう遅れを取るワケにゃあいきませんよ」



「「「え?」」」




 ・・・聞き間違い、でしょうか?


 いえしかし、三人分の疑問の声が重なっていたということはわたくしだけでなく、クリスとフィリオにも同じように聞こえていたのではないでしょうか。



「はい?」


「え、あの。エリーさんは、護衛か警護・・・の方だったのですか?」


「はあ、そうですが。メイドとしての仕事はついでというか、なんというか、ですね。・・・あれ? 旦那様とか執事長とかから聞かれてません?」


「い、いいえ存じません。本日この時まで、エリーさんはハウスメイドだとばかり・・・」


「ぼくも、メイドの方かと思っていました・・・」


「わたしも」


「あれま」




 と、するとです。本職である戦闘に加え、家事全般に徒手格闘術の指南もでき、更には問題侍アルのストッパーまでこなしてしまえるエリーさん・・・優秀過ぎます。




「エリーさん、本日からはスーパーエリートさんとお呼びすればよろしいでしょうか」


「え、ちょ。ご勘弁を」
























「大体、似たようなことならアルもやってるじゃないですか」


「・・・」


 わたくしの専属として日用品の調達(作成込み)から身の回りの世話に雑用、訓練相手と指導、手が足りていない仕事のお手伝いなどなど、確かに色々と手広く支えてくれてはいますが。



「あちらで高位貴族の元当主様・・・のような方と爪や牙による攻防を開始した、使用人・・・の服を着た野生の何かを、優秀などと形容しようとすると・・・・・・こう」


 少し、大分、とても、非常に、


「こう、手が震えてしまいまして」


「いやぁ、気持ちは分かりますがね・・・そこまでお嫌ですか?」



「魂が拒絶していますわ」



「魂が」



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