6.祖父と使用人は相性が悪い2



「エリーさん、わたくしお母様たちが出掛けられたとき馬車は一台しか無かったと記憶しているのですが」


「間違っちゃあ、いませんよお嬢様。何方かお客様らしいですね・・・ま、予想はつきますが」


 ・・・お祖父様、お祖母様のところへ行かれていたお母様や弟妹たちの帰りをお出迎えするのに門前まで出ていたのですが、行きには存在しなかったはずの馬車や護衛らしき方々が増えておいでで、集まった使用人たちの中でも近くにいたエリーさんについ尋ねてしまいました。



 いいえ、本当はエリーさんの返答を聞くまでもなく分かってはいました。

 しかし自分の中で覚悟が決まらずに、思わず尋ねてしまったのです。


 何故ならば、増えていた馬車にも護衛の方々にもとても見覚えがありましたから。



「・・・・・・はぁ」


「お嬢様・・・お気持ちは分かりますけどね。せめてお出迎えのときくらいはそのいかにも面倒くさそうな表情は控えてあげてくださいな」


 わたくし、そんな顔をしていましたか?

 いえ、していたかもしれませんわね。



 なにせ・・・



「がるるるるるっ!」



 ・・・隣に控える使用人がもう既に職務と人間性を放棄して、魔物のような様相で威嚇を始めているものですから。


 これは、アルは一度下げた方が良いですね。



 と、しかし。

 わたくしの判断は遅きに失していました。


 アルに言葉をかけようとしたところで馬車周りが酷く騒がしくなったのです。

 まだかなり距離がありますが、それでも音が聞こえるほどですから、相当なものです。


 そして、そのことに気を取られているうちにとある人物がわたくしに向かって猛然と走り出されていました。


 ・・・とても失礼だとは思うのですが、こちらもまるで魔物のような勢いです。



「リュミエールやーーーーいっ!!!」


 がばっ


 ぐるん ぐるんっ


「久しぶりじゃのぉ、会いたかったぞ! リュミエールは儂に会えなんでさびしくなかったか? しかし、しばらく会わんうちにまた可愛くなったのではないか? おぉそうじゃ、ちゃ~んと土産も持ってきたからの、楽しみにしておいてくれ!」



 馬車も護衛の方々も置いてきぼりに走って来られたお祖父様がその勢いのままにわたくしを抱き上げ一頻り振り回されると、こう捲し立てます。


 こ、この勢い・・・相も変わらずお元気なようで安心はしましたが・・・こう、酷く誰かさんを彷彿とさせられます。


「お久しぶりです、お祖父様。本当にお久しぶりですが、お元気そうで何よりです」


「ふははは! お祖父ちゃんはまだまだくたばらんぞ?」


「お祖母様共々、いつまでもお元気でいてくださいまし」


「おぉ、おぉ・・・可愛い孫の頼みとあっては、こりゃ一層体に気を遣わんとじゃな!」


 多くの使用人がお祖父様のわたくしの扱いを初めて目にしたためか、酷く困惑したまま固まってしまっています。

 そんな中、この光景を既に目にしたことがある使用人はそんな表情は面に出さず、しかしお出迎えの挨拶をするタイミングを逸して、結果として同じく固まってしまっています。


 あまりこのままでいますと後ろの馬車も追い付いてしまいますし、こちらで機を図って挨拶をさせるべきでしょう。


 わたくしはお祖父様から一歩離れ、執事長のマックスさんに向け小さく頷いてから、またお祖父様に向き直ります。

 お祖父様の方も今のわたくしたちの所作で察してくださったようですので、遠慮せずに切り出させて頂くこととします。


「お祖父様、お話しの腰を折ってしまって申し訳ございませんが、宜しいでしょうか?」


「おお、おお。こりゃすまんかったのぉ、大丈夫じゃよ」


 ここでわたくしたちがお話しをしている間は後ろに控えていたマックスさんが一歩前に出てお祖父様に一礼をします。


「では、ご挨拶が遅れてしまいましたが・・・遠路よりようそおいでくださいました、レーニ前侯爵様。クラウディアス侯爵家使用人一堂、心より歓迎致します」


「「「「ようこそおいでくださいました、レーニ前侯爵様」」」」



 そうしてしまえば、あとは我が家の優秀な使用人たちです。

 マックスさんの口上を合図にして綺麗に揃った言葉と礼で、お祖父様へのご挨拶を披露してくれました。


 では、わたくしも続かせて頂きましょう。



「こほん・・・お祖父様、本当にようこそおいでくださいました。長旅でお疲れではありませんか? お屋敷にいらっしゃる間はごゆるりとおくつろぎくださいね」


「うむ、しばらくの間邪魔させてもらうぞ」




「本当に邪魔ですね(ボソッ)」


「・・・アル」


 が、ここで、予想外の・・・・・・いえ、おおよその予想はできていましたが・・・アルから礼節も何もあったものではない言葉が耳に届きました。


 あまりにも失礼でしたので流石に咎めておきます。

 しかし、とても小さな声でしたからお祖父様には聞こえなかった可能性も・・・


「ケッ・・・! おったんか不良品の使用人めが。邪魔と思うなら大人しく引っ込んでおれ、お主の世話なぞ要らんわっ」



 あぁ、ばっちり聞こえていらっしゃいますねこれ。

 といいますか、早速おっぱじめられましたわね、この二人・・・


「そちらこそ本当に元侯爵ですか? 連絡もなしに先触れも出さずに他領の貴族家までぞろぞろと護衛まで引き連れて来て、あまりにも行動がお粗末ではございませんかねぇ!?」


「ふんっ、孫の顔を見に来るくらいで相変わらずガタガタと細かい奴じゃのぉ! 大体、娘には許可をもらっとるわいっ」


「だとしても、こちらに向かってこられる護衛の方々はレーニ侯爵家の私兵の皆様でしょう? 何名かお会いした記憶がある方がいらっしゃいます。貴族として振る舞うなら貴族としての礼儀くらい通したらどうなのですかっ?」


「そういう貴様こそ使用人の分際で貴族に向かって随分と舐めた口を利くではないか、使用人としての最低限の礼節すら無いと見えるな!」


 なんと申しましょうか。

 確かにお互いへの指摘はその通りなのですが、どちらも自分のことは棚どころか屋敷の屋根まで放り上げて下ろす気が微塵もありませんよね。


「ぐぬぬぬっ!」


「がぁぐるるるぅあ!」



 そうして遂にはどちらも貴族だとか使用人だとか以前に、人としての知能と品性を捨てて今にも掴みかからんばかりの威嚇を始めました。




 ・・・はぁ。


 こうなると人の言葉を理解するだけの頭すら残っていませんし、しばらくは放っておくこととしましょう。

 過半数の使用人がどうしたものかとオロオロしていますが、わたくしが許可します。


 その二人は捨て置いて、お母様たちをお迎えしましょう。





























 そして今度こそ到着するわが侯爵家と、お祖父様のレーニ侯爵家の馬車。

 そして護衛に付かれている兵士の皆様。


 ・・・あら?

 そういえばお祖父様の護衛の方々、お祖父様がこちらにいらしても誰一人として付いて来られませんでしたわね?

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