5.祖父と使用人は相性が悪い



「エリーさん、お部屋の方は大丈夫ですか?」


「えぇ、えぇ。問題ありませんともお嬢様。お三方がいらっしゃらない間も、きちっと掃除してましたからね」



 わたくしはハウスメイドのエリーさんをお供に、お母様たちをお出迎えする準備をしていました。

 準備といっても、わたくし自身が行うのは普段から使用人たちがしているはずのお仕事の最終的なチェック程度のものですが。




 お母様はここ数ヵ月の間、わたくしの弟と妹を連れ遠方にあるお母様のご実家をお尋ねになっていました。


 弟たちが母方のお祖父様とお祖母様に会ったのは二人がまだ赤ん坊の頃で、二人にしてみれば初めて会うお祖父様方がどのような方々なのかと非常に楽しみにしていましたがどうなりましたでしょうか。

 まぁ、お祖父様もお祖母様もわたくしたちにはお優しくしてくださる方々ですから、あまり心配もしていませんが。



「にしても、お嬢様は本当に今回お祖父様たちにお会いに行かれないで良かったんですかい? 学園に入られてしまえば今よりもお会いになれる機会が減るでしょうに」


「その学園に入学する準備のためですから、仕方ありません」


 わたくしたちが住まうウェザリア王国では齢10を迎えた貴族の子女や、優秀な市政の者は学園に通うことが通例となっています。

 学園では剣技や魔法、礼儀作法といった実技から、国の成り立ちや近隣の国々の特色といった座学まで様々なことを学ぶのですが・・・まあ、貴族であれば座学で習うような内容は既に各家庭に優秀な講師を招いてある程度学習済みで、どちらかというと人脈作りが学園での大きなウェイトを占めるそうです。


 わたくしは本年で10歳になりますので、年が明け春を迎える頃にはお父様の勧めもあって王都にある学園に通う予定です。


「まぁ、お嬢様がそう仰るんでしたら、私は構いませんがね・・・うし。そんじゃ、こっちは良さそうなんで私は戻りますよ」


「はい、ありがとうございましたエリーさん。とても助かりました」


「私だってこれでもクラウディアス家のメイドですからね。また何かあれば遠慮なんてしないで声をかけてくださいな」


「そうさせて頂きます」



 ですから、ここ最近のわたくしは入学の準備として礼節や社交など特に貴族の女性が身に付けているべき技能を中心に、クラウディアス家の名に恥じないようお稽古に力を入れています。




 と、いうのが今回お母様との同行を辞退した建前。

 いえ、理由の半分でしょうか。


 もう半分、わたくしが当初あえて言葉にしなかった理由は・・・



「お嬢様、お料理の方もいつでも大丈夫とのことです。ですが、奥様方も長旅でお疲れのはずですから、マックス執事長とも相談致しましてご休憩のお時間をお取り頂くためにお料理は軽く摘まめるものだけ先んじて作って頂いております。あ、ついでにお嬢様のお好きな火吹き鶏の皮の揚げ物もお願いしておきました! 本日は街道側の食ざ、もとい魔物も多かったようで色々手に入りましたので料理長も快諾してくださいましたよっ」


 エリーさんと入れ替わりでやってきた、例によって例の如く、沈黙をどこか遠く、そう、海の底辺りに置き去りにしてきたこの使用人です。

 そこにいるだけでも存在自体がうるさいのに、きちんと聴覚まで騒がしくしてくれます。



 せめて存在だけでも静かになってくれないものでしょうか。



 いいえ、別に他意はありません。

 ええ、断じてありませんわ。



「アル、あなた今すぐにでも透明になれませんか?」


「・・・お嬢様が前振りも無しに無茶振ってこられた」


 あら、つい思ったことが口から突いて出てしまいました。


「いえ別に。視界に入らないでほしいだなんて全く思っていませんよ?」


「あれ? 無茶振りだと思ったら実は婉曲な苦情でございましたか?」


「まさか、そんなことはありません。えぇ、そんなことはありせんから少し口を閉じてくださいまし」


「あ、ストレートな苦情でございましたか、これは失礼致しました。では黙ります」



「・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・・・・」



 今度は極端に静かになりましたね。

 動きも必要最低限で、しずしずと・・・って、何故それを最初から心がけてくれないのでしょうか。



 まぁ、ひとまずは静かになりましたから良しとしましょう。



 それでお母様の帰省に同行しなかった理由(裏)のお話です。


 アルのわたくしへの過保護ぶり、と申しましょうか、構いっぷりと申しましょうか、は、何方の目から見られても分かる程にはあからさまです。

 そして、お祖父様がわたくしを溺愛してくださるご様子もまた周りから見て、誤解のしようがないくらいには明らかなものでした。


 すると2年前でしたでしょうか、初めてアルを伴いお母様のご実家にお邪魔したとき、二人はお互いにそれを目の当たりにし、どちらもが自分以外の男性がわたくしを過剰にかまうことが気に入らないのか、



 ー 初対面から二日目でギスギスし始め



 ーー 三日目にはにらみ合いを始め



 ーーー 四日目からは真正面から喧嘩をして如何にして相手を出し抜いてわたくしを構うか競うようになりました。




 こういうときこそ、アルが言っていたあの言葉を使うときなのでしょうか?






   やめて、わたくしのために争わないで。





 えぇもう本当にやめてくださいまし。


 わたくしのためにあれこれして頂けるのは嬉しくもありますが、残念ながら二人が顔を会わせている間わたくしの好感度は自動的に下がり続けます。

 嬉しいという感情分を足し込んだとしても、とても余裕を持ってマイナスに振り切れます。



 ・・・と、いうわけでして。

 二人のじゃれにらみ合いによる周囲への被害や、それを仲裁するわたくしの労力を鑑みて、この度はお留守番とさせて頂いた次第です。



 まぁ、そんな事情はさておきまして。

 先触れもありましたし、そろそろお母様と弟妹たちが帰ってくるはずです。


 門まで出て、お出迎えするとしましょう。

























 そしてわたくしは手が空いている使用人を連れ、お母様たちの馬車を待っていたのですが。


 あら、何やら行きに比べて馬車とその護衛が増えているような・・・?


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