第11話 カレラの正体
それから一週間程、僕は荒み切った心を浄化させるように、毎日畑仕事に精を出した。たった数ヶ月やっていないだけで、感覚話忘れてしまい、慣れ親しんだはずの畑仕事は思うようにいかなかった。が、なにも学校で食っちゃ寝の生活を送ってきたわけでもない。力技で乗り越えていた。
ようやく感覚を取り戻そうとした頃に、父親から魚釣りに出かけないかと誘われた。本来ならば断わるところだが、久しぶりの実家だし、何より父親がそうやって僕を誘うのは初めてのことだった。
「ここら辺には主がいてな。父さんも毎週のように通っとるんだが、これが中々手ごわくてな。グレンに手伝ってもらおうと思ったんだ」
その言葉通り父親は手慣れていて、僕が釣り針に重りをつけようとしている頃には、すでにエサを釣り針につけ川に投げ入れようとしていた。
「それで、話は何?」
「それはまた後でな。今は釣りを楽しもうじゃないか」
それから数分。僕は一向に釣り糸が動く気配もせず、全く魚がいる気配のしない川に嫌気がさしていた。
そんなときである。父親の針に大物が引っかかったのだ。
「なんて力だ!おいグレン手伝ってくれ!」
「はいはい」
大袈裟だなあと思いつつ、僕は父親の釣り竿に手を伸ばした。
「!?」
前言撤回。どうやら戯言ではないらしい。下手すればこちらが川に引きずり込まれてしまうほどに、その魚の引く力は強かった。
むしろこの力に負けない釣り糸に感心したほどである。
「「どっせ――イ!」」
果たして、川の主と僕ら親子の対決はドローに終わった。その主の姿が水面に出てきた瞬間、プチッと音を立てて釣り糸が切れてしまったのだ。まあ大して高品質という訳でもない釣り糸が良くここまで頑張ってくれたものだ。褒めこそすれとても文句は言えない。と思っていたが、
「あーあ。せっかくいい釣り糸を買ったのにな。これじゃ赤字じゃないか」
どうやら僕の思い違いのようだった。
糸が切れた反動で後ろに二転三転した僕達は互いに見合いついつい吹き出してしまう。
初めて味わう空気だったが不思議と違和感はなかった。これが成長するということなのだろうか。こんな風にオヤジと笑いあったことは今までなかった。
「それじゃあ、帰るとするか。話は歩きながらでいいよな?」
◇
「先輩よォ。嘘ついてたのか?え?」
「流石にもうやめたらどうだい?かなり酔っぱらってるじゃないか」
「うっせえ!俺は酔っぱらってなんかいねえぞ!」
そうビールを一気飲みするカレラ。「いよっ!いい飲みっぷり!」なんて合いの手を打つ周りの冒険者につられて彼の飲むスピードは加速している。これではいつぶっ倒れるか分からない。早急にやめさせなければ。
「これも中々いけるぞ?どうだいカレラもう一杯」
「おォ、先輩のくせに気が利くじゃねえかぁ。どれ貰おうかな」
もはや水と酒の区別ができないほどに酔っている。こうしてかなりの頻度で水を飲ましているが、流石に限界は近い。
「かぁ!先輩の勧める酒はやけにうめえなぁ!どれもう一丁」
いや、もう限界のようだ。水を水とも分からず、うまいなんて言い出してはこれ以上酒を飲む必要さえない。
「大将!勘定だ!」
「あいよ。70リアな」
大将に声をかけ勘定をすませる。因みにここは酒場兼宿屋でもある。まあほとんどの宿屋が酒場を併設しているし珍しいものでもないが。
「ほら行くよカレラ」
「うるへえ!俺はまだまだ酔ってねえぞォ!」
「それだけ叫べれば十分だ。さ、こっちに来るんだ」
こんなことかと、僕達が飲んでいた酒場は彼の宿でもある。万が一に備えてではあったが、役に立ってよかった。
ウダウダとよくわからないことを叫びながら抵抗を見せるカレラではあるが、流石にシラフの僕に勝てる理由もない。むしろ意識がはっきりしていない分駄々っ子よりも簡単だ。あいつらは急所お構いなしに殴ってくるからな。
「さあ、ベッドに入るんだ。先輩にここまでさせる後輩も中々いないぞ?」
ここまで担いできて思ったのだが、やけにこいつは冒険者離れしているようだ。ダンジョンで見せた演舞を思わせる剣捌きもそうなのだが、冒険者にしては肉付きがよろしくない。どこか柔らかさを感じたのだ。まるで女性であるかのような。
(まさかな)
ふとよぎったそんな考えを振り払い、目の前の酔っぱらいに手を焼く。確かに僕とは二つしか変わらないかもしれないが、少なくとも冒険者成り立ての僕はここまで酷い酔い方はしなかったものだ。他人の介抱なしに歩けないほど酔ったことは一度もない。
「服―。脱がせろ―」
「はいはい」
まるで手の焼ける弟のような感覚だ。いや、まあ僕は一人っ子なのだが。しかし、弟がいればこんな感じだったのかなぁとは僕も思う。
取り敢えず、カレラの服のボタンを外していく。どことなく色気を感じてしまった僕を殴りたい。
(にしてもやけにきつく締めてるな。ダイエットでもしてるのか?)
それならば僕が感じたあの柔らかさも合点がいくというものだ。冒険者はまず太ることができない過酷な職業―新人ならなおさらだ―なのだが、まあなり立てならばしょうがない側面もあるだろう。今までいい暮らしをしてきたのかもしれない。
と思っていたが、僕は上着を外し露わになったカレラの肌を見て我が目を疑った。
まあ、『露わになった』なんて言ってる時点で、いやそれよりも前の時点で気づいても良いものだろうが、そんな僕の感の悪さには目をつぶってほしい。ここは叫び声一つ上げなかった僕をむしろ褒めてほしいものだ。そこら辺の18の男が女性の上裸を見て叫び声をあげないでいられるはずが……いや、むしろ言葉を失うのが筋か。
では、僭越ながら。
「ギャー―――――――!!」
腕を切断されるでもしなければ、まず出せないような声ではあったが、僕の演技力は中々のもので、その叫び声を聞いた女将さんが、包丁片手に血相を変えて部屋に飛び込んでくるぐらいには鬼気迫るものがあったらしい。
どうやら僕の天職は舞台役者なのかもしれない。
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