第10話 ご利用は計画的に
夜を徹して実家に帰った僕に待ち受けていたのは、何事もなかったように家のそばで元気よく水をくんでいた母親の姿だった。水の入ったバケツをロープで引っ張るのは、滑車をかましているとは言え病人ができるような仕事ではない。僕は目を疑った。
「倒れたんじゃなかったのお母さん?」
「あら、グレンじゃないか。その調子だとお父さんが何か書いたに違いないね。別に何でもないって言ったのに、全くしょうがない人だこと」
別になんでもない?ならばあの父親の慌てようは何だったんだ。確かに普段病気の気配を露ほども感じさせない、村でも有名な元気溢れる母親ではあるが、それにしてもあの文字では何かこう危篤でもなければそう書けないような緊迫さを感じさせたのだ。何かあるには違いない。
「まあ家に入りなさいな。お父さんもそろそろ起きてくる頃だしちょっとお話をしないとね」
流されるままに家に入りお茶を飲む僕。普段石造りの寮で暮らしているからか、何年と帰ってないような懐かしみを感じる。
「おはよう。グレンももう起きていたのか。……ってグレン?」
寝ぼけ眼をこすりながら起きてきた父親は僕の姿を見て一気に意識が覚醒したようだった。ご丁寧に尻もちすらついている。
「おはようお父さん。それじゃあ話し合いと行こうかね」
我が家の一番の権力者は母親だ。錆びついた機械にでもなったように父親はカチコチながら席に着き、母親の言葉を待つ。
それから軽く一時間。母親の説教は続いた。
◇
「どうだいカレラ?中々いい動きだっただろう?」
「まあ俺より速いことは認めるけどよ、流石に制御できないなら意味がないんじゃないか?」
「それは目を瞑ってくれ。ここまで速く動いたのは初めてなんだ」
「あんた教師側の人間だよな?」
どうあがいても僕は追求から逃れられないらしい。何を言っても正論で返される。確かに狭路ばかりの洞窟で音速以上の速さは必要ないし、むしろ危険とさえ言える。バカな行動をしたのは誰がどう見ても明らかだし、その点に関して僕は何も反論するつもりはない。が、しょうがないことじゃないか?まさかあれだけで音速に達するとは思わなかったのだから。
「まあ、結果オーライだしいいじゃないか。この世界では開き直るのも重要なんだよ」
「新入りに言うことか?」
「そうじゃないっていう人が多いだろうけど、そういうのも含めて僕の仕事だからね」
「少なくともあんたがこんな授業をするって情報はなかったんだが。冷静沈着って聞いてたんだがなぁ」
「まだ君には分からないことかもしれないけれど、人というのは成長するものなんだ。君が過去に聞いた僕の素性が今の僕と一致しなくても何も不思議じゃない」
「俺からしてみれば、むしろ退化してるんだけどな。これだけ血を流してゴブリン一匹じゃ大赤字だろう。それと先輩と俺は二つしか違わねえよ」
「二年も違えば十分じゃない?」
まあ確かにポーションが必要ないとは言え、僕はすでに一旦外に出て回復しなければならないほどの怪我をしてしまっている。とは言えここで一旦離脱する余裕もない。ここは虎の子のポーションを使うべきだろう。
「こういう予想外の傷の為にもポーションというのが必要だね。因みに2,3本は常備しておくと何かあっても便利だよ」
「授業なら予想内の傷で使うところを見せて欲しかったな。まあ別に予想外でもいいけど馬鹿な行動でポーションを使うなんてとても先輩がすることとは思えないし」
「なっ、馬鹿とはなんだ!」
「馬鹿そのものじゃねえか。実戦で初めて能力を使うような奴は戦場ではまず死ぬのは分かりきったことじゃないか?少なくとも俺はそう習ってきたぜ?」
「確かに、そうかもしれないけど…」
「緊急事態ならまだいい。だけど先輩は自分の見栄の為にそんな馬鹿な行為をしたんだろう?流石にそんな奴に払う敬意はないってもんだぜ?」
なんだこいつ。めっちゃ正論言うじゃん。僕が歴戦の冒険者じゃなければ当の昔に泣いているところだぞ?
「それは申し訳ない。これからちゃんとするからもう一度だけチャンスをください」
「まあこっちも言い過ぎた感はあるし、一度だけだからな?これ以上何か馬鹿なことをしたらいい加減切るからな?」
「心得た」
やっぱりいい奴じゃないか。ここまで心が広い人間も珍しい。心なしか輝いてさえ見える。
「まあ何度も言うけど戦闘に関して君に言えることは何もないんだよね。ここじゃ複数匹相手の戦闘はまず起こらないし、君ならソロでも余裕でクリアできるだろうね」
「なんだ?それじゃあもうおしまいってことか?」
「いやいやそうじゃない。ここからは僕がやっている一番効率的な戦闘方法をお見せしよう。本邦初公開というやつだ」
「ほほう?それは中々楽しみだな」
とは言っても編み出したのは本の数時間前だ。が、彼が指摘したようにこれは実戦初披露ではあるが、今回が初ではないし突っ込まれることはない。しかも壁に激突するということもない。
「それじゃあ行くよ?瞬きは厳禁だ」
このダンジョンであれば目を瞑ってでも迷うことはない。あの不思議声に誘われたならいざ知らず、知らない道に入らなければまず大丈夫だ。僕はゲンコツ大の石ころをヒョイヒョイ掴みながら出会う敵全ての脳天にお見舞いする。二回目ともなれば慣れたもので、1分間という短い時間ではあったが、10匹のゴブリン討伐に成功したのだった。
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