第9話 予想外の新人

『お母さんが倒れた』


 その一言しか手紙には書かれていなかったが、僕は焦りに焦った。かなり切羽詰まった状況なのだろう。父が書いたとは思えないほど字は乱れていた。


 その日のうちに学校に休学届を出し、カバンに取り敢えずの服と、有り金全部を詰め込め僕は家路を急いだ。


 友人に何も告げぬまま学校を休学し姿を消すのは後ろめたい気持ちもあったが、母が倒れたとあっては次の日を待つわけにもいかなかった。


 ◇


「グレンさんよ。その格好はどうしたんだ?」

「だよねー」

「だよねー?」

「いや、まぁ、あれだ、これには深い訳があるんだ。触れずに頼む」

「まぁ、理由がないとそんな恰好はしないわなぁ。でも取り敢えずその服は着替えるべきだと思うぜ?痛い奴に思われる」

「これが終わったら即そうさせてもらうよ」


 僕が引っ掴んだ服は、今時、老魔術師でも着ないようなローブだった。デザインはまだいい。問題は色なのだ。漆黒のそれは、今の僕の気持ちを代弁してくれているかのようだ。


「まあ、全身黒で覆えば敵にも見つかりにくいしね」

「それなら他の服の方が動きやすい気が…」

「ん?何かね?」

「いや、何でもないです」


 これ以上は時間の無駄だ。何より僕のメンタルがこれ以上持ちそうにない。ここは先輩風をふかしてでも早く仕事を終わらせて新しい服を買わねば。


「それじゃあ準備もできたし早速入ろうか!時間は有限だしね」

「おう!よろしく頼むぜグレン先輩!」


 先輩。いい響きじゃないか。今まで受け持った中で僕を敬ってくれた人は少なくはないが、先輩と呼んでくれたのは初めての経験だ。僕から満ち溢れる自信がそうさせたのかもしれないが、今夜酒の一つでも奢ってもいいかもしれないな。


 因みに、これは二つ目の仕事だ。もうすでに最初の仕事は終えている。それなのに未だに僕が着替えていないのは、最初の冒険者があまりにも無口だったからだ。僕が何を言おうともただ頷くのみで言葉を発しない。意思の疎通はその首の動作とアイコンタクトのみ。


 何とかやるべきことはこなしたものの、勿論僕の外見に関しての会話は一つもなかった。この外見は意外とおかしくないのか?なんて思てしまったことはしょうがないだろう。


「まず、ゴブリンの対処法だ。君の武器はなんだ?」


 ダンジョンへ足を一歩踏み入れたところで、早速授業だ。たとえゴブリンが出てきてもすぐに外に出ればいいため危険性は全くないが、それでも気を引き締めるには十分な場所と言える。何よりこの四方を壁で覆われた閉塞感が良い。危険はないと分かっていながらも、確かに危機感は感じるのだ。


「見りゃわかるだろ、この剣に決まってるじゃねぇか。俺のギフトは『ソードマスター』だからな、刃物に関してはお手の物だぜ?何なら今確かめてみるか?」

「遠慮しておくよ、僕はあくまで魔術師だ。近距離じゃまず戦いはしないよ」

「そうなのか?てっきり武闘派だと思ってたんだけどなぁ。魔術師じゃないならそんな筋肉はつかないだろ」


 ローブで僕の体はほとんど見えないはずだが、どこかで見られたのだろうか?確かにほんの一瞬なら見えたかもしれないが、もしそれだけで分かったなら中々の目を持っている。


「冒険者ならこれぐらい当たり前だよ。じゃあ本題に入るけどね」

「いや、それは良い。まずは俺の実力を見てくれや」

「分かったよ。一匹だけだからね?」

「ありがとよ!」


 習うより慣れろという言葉がある。僕が止めないのもそのためだ。ゴブリンに挟まれる可能性はほとんどないとは言え、連戦になる可能性は大いにある。一匹だけとは言ったものの、それだけでやめた新人を僕は見たことがない。恐らく彼もそれは同じだろう。たとえ僕を先輩と呼ぼうが、無能と呼ぼうが、そこに関して大した差はない。


「グレン先輩!とりあえず一匹倒してきたぜ!ほらゴブリンの角だ」

「あれ?もう帰ってきたの?」

「先輩が言ったんじゃねえか、一匹だけって。ほら、早くゴブリンの対処法を教えてくれよ。俺はどうしたらもっとスムーズに狩れるんだ?」


 前言撤回。今回の生徒は他と一味違うらしい。これも新たなギフトのおかげだろうか?自信だけでなく威厳も溢れ出ているのかもしれない。


「あぁ、そのことだけどもう一度見せてくれるかい?よく見てなかったんだよ」

「んだよ、ちゃんとしてくれよな?次はもうちょいゆっくり目に行くからさ」

「心得た」


 まぁ、嘘だ。あまりに意外だったので落ち着きを取り戻すためにももう一匹討伐を頼んだのだ。最初から見逃す程度なら僕はこんな仕事をしているわけがない。


 しかし、それにしても美しい剣さばき。冒険者にしてはやや小柄であるためにショートソードを使っているが、そのリーチの短さを微塵も感じさせない見事な身のこなしだ。

 右に左に、上に下に。縦横無尽の動きでゴブリンを翻弄し、最後は首筋を一太刀。吹き出る深紅の血が、より一層その美しさを際立たせる。


「お見事お見事」


 手を叩き感嘆の声を上げる。確かに落ち着きを取り戻すためにもお願いしたが、何もそれだけの理由ではない。僕が手を加えられる隙はほとんどないほど彼の動きは洗練されているし、剣に関しても文句なし。僕が言えることは何もないということの確認の為でもあったのだ。


「それで、何か改善点は?」

「そうだね。言えることは何もないかな。洗練され過ぎている」

「何じゃそりゃ?倒し損じゃないかよ」

「すまないね」

「そんじゃあ先輩がやってみてくれよ、俺が逆に指導してやるからさ」

「ほほう。先輩を指導すると言うのか」

「だから、そう言っているじゃねぇか。ちょっとは先輩らしいところを見せてくれってもんだ」


 生意気言ってくれるじゃないか。確かに僕は何も言えないけれども、それは彼以上の動きができないという意味ではない。

 生憎だけど、ここは本気で行かせてもらう。文字通り先輩風を吹かしてやろうじゃないか。


「それじゃあ行くけど、着いてこれるかな?」

「けっ。俺の動きを見逃した奴に言われたかないな」

「いい心意気だ。それじゃあ行くよ?」


 まずは軽く小ジャンプ。何度も言うように僕のギフトはゼロイチは不可能なのだ。不格好なのは否めないが、こればっかりはしょうがない。

 続いて空中で横の壁を軽く蹴る。これで上と横の力を得た。後はそれを増幅させるだけ。


「なんだよ、それでおしまいか?」


 粋がるのは今のうちだぞ少年。その減らず口がいつまで叩けるかな?


 その瞬間、僕は音を置き去りにした。

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