第7話 能力チェックその二

 殆ど唯一と言っていい攻撃手段が封印され、光が見え始めた実践授業はあえなく闇の中に再び閉ざされた。


 特に悲惨だったのはダンジョン研修で、僕の役割は依然として荷物持ち。しかし、大して貴重品を持つこともない。信用されていないからだ。


 着いてこれなければ置いて行かれるのが当たり前の状況で、僕は自分の命を守るので精一杯だった。今考えれば、そのおかげでソロでも何とかやっていけるし感謝もしないことはないが、当時の僕にそんな先を考えるだけの余裕もなかった。


 再び絶望の底へ叩き落された僕が落ちぶれに落ちぶれるのは火を見るよりも明らかだった。


 しかし、そんな僕でも例の友人は優しくしてくれた。ダンジョン研修では、まず僕を置いていくことはなかったし、むしろ僕を待ってくれたほどである。幾度となく感謝の気持ちを伝えたが、「そんなものはいらないよ。見返りを求めているわけじゃないからね」の一点張り。


 しかし、それで引き下がる程度ならばとうの昔に僕は学校を辞めている。

 幾度となく訴えた僕に根負けしたのか、「じゃあ今度君が助けてよ。いつか君に助けを求める時が来るだろうから」との返事をもらった。


 そんなことでいいのか、と拍子抜けした僕ではあったが、数少ない僕の勝利の瞬間だった。思わずガッツポーズをとって苦笑いされたのは記憶に新しい。

 そんなやり取りもあって打ち解け、その友人との交流は僕が学校を去る時まで続いた。今では音信不通となってしまったが、今でもその当時の光景を鮮明に思い出せる。


 ◇


 ようやく日が昇ってきたところで、今回挑むダンジョンをじっと見据える。


 ギルマスを形はどうあれ事実上倒したことの高揚感を必死に落ち着ける。今の僕は、完全に力に溺れて物語序盤に即死する一般人Aの立場だと。ここでは油断は即、死につながると。


 さて今回挑むダンジョンだが、まず僕のようなシルバーが一人で挑むような場所ではない。出てくる魔物がゴブリンだけだとは限らないし、複数で出てくる確率も高い。挟撃される可能性は跳ね上がるし、それに準じて死亡率も跳ね上がる。今まで僕が懇意にしていたダンジョンの次に位置するレベルではあるものの、難易度は段違いだった。

 となると、そんなダンジョンに一人挑もうとしている僕は本当に一般人Aなのかもしれない。


「セーブポイントまでなら、何とか行けるか?」


 普通、ダンジョンには程々の間隔でセーフポイントが設けられている。誰が何のために作ったのかは分からないが、利用しない手はない。どれほど実力がある冒険者でも休憩地として使っているほどだ。


 そんなセーフポイントだが、このダンジョンでは入り口に程近い場所に一つ存在する。そこまでであれば一人であっても行くのは簡単だし、戻るのもわけないことだ。


 とはいうものの、かつて僕はシルバーランクランクアップした時に、そんな情報を鵜呑みにして勢いそのままここに挑んだことがある。普通のシルバー冒険者であればたとえ一人でもそこまで行くのは容易なことではあるが、当時の僕はグレンという存在が初めて認められた気がして有頂天になっていたのだ。今の僕のように碌な装備もせず、対策もせずに中に飛び込んでいけば返り討ちに会うのは当たり前。


 意気揚々と中に入ったは良いものの、今までとは比べ物にならない敵の強さと数に圧倒され、命からがら逃げだしたのは苦い記憶として脳の片隅に残り続けている。

 今でも時たま夢に見るほどにあの時の絶望感といったらなかった。


 しかし、今の僕は違う。生き抜くということに関してはそこら辺の冒険者とは比べ物にならないほど優れているし、たとえ裸に剣一つでも最初のセーフポイントまでは行くことができる実力がある。


「……」


 言ってて悲しくなる気はするが、ともかくあの頃の僕とは全く違う。あの頃の記憶を払拭するためにも、僕は人生二度目となるダンジョンへ入っていくのだった。


 ◇


 3分後、僕は目的地であるところのセーフポイントで水を飲んでいた。30分ではない、3分で、だ。


 ダンジョンに踏み入れた瞬間、待ってましたと言わんばかりにゴブリンんが3匹ほど飛びかかってきた。本来ならば外に逃げるべきだが、僕はその行動をとらなかった。


 すぐさま袋の中から小石を取り出し、敵めがけて打ち放つ。スピードはギフトで補えばいい。

 コンマ数秒の出来事だったが、僕は言い知れぬ高揚感と、全能感を感じるには十分だった。


 体中を打ち抜かれ、無様に横たわるゴブリンを足蹴に、腰に手を当て高笑いする男の姿がそこにはあった。


 それからというもの、出会う魔物を皆殺しにしながらセーフポイントを目指した。忍び足なんてもっての外だ。石ころだけでなく、爆殺や、凍殺なんかもした。鳴り響く轟音など気にも留めず突っ走り、かかった時間は驚きの3分。まず、ソロでは考えられないスピードだった。今度は測定員を連れてきてもいいかもしれないな、なんて冗談を考えられる程度には余裕すぎた。


「これは笑わずにはいられないな」


 必死に口を閉じても「ククク」と、思わず笑いがこぼれるほどに僕は高揚していた。吊り上がる口角を抑えることができない。今なら何でもできる気がした。この調子だと夢にまで見た空中闊歩もできるかもしれない。夢は広がるばかりだ。


 しかしながら、お楽しみの時間はここまで。これからは分析のお時間だ。


 先刻のギルマスとの一件で感じてた魔力の流れは今では毛ほども感じない。まるで蓄えた魔力に比例して魔力回路も強化されているように。

 先程までは魔力が入るばかりだったが、今までの僕なら卒倒レベルの魔力の放出ですら、いとも容易く行えた。最初のゴブリン三体同時キルがそのいい例だろう。急速冷凍も問題なく行えた。


 ひとまず軽く分析を終えて、僕はまるで羽が生えたかの如く軽くなった腰を上げ、踵を返しダンジョンの外を目指す。

 今度は高笑いすることもない。ゴブリンの素材などに脇目もふらず、一心に入り口を目指した帰りのタイムは2分だった。

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