第6話 能力チェックその一

『エネルギー操作』の新たな可能性に気づいた僕はある日起死回生の一手を発見した。それは日課の図書館漁りで見つけたある文からだった。


『全ての物体は地面から引っ張る力を受けている。そうでなければ地面に立つことなどできないだろう』


 題名も著者名もなく、本棚の裏で埃を被っていて、表紙すら所々破けているようなボロボロの古い本だったが、そんな外見はどうでもよく、書いてあることが僕には一番重要だった。

 行動に移すにはその文だけで十分で、すぐさま僕は手元にあったペンのその引っ張る力とやらを奪ってみた。

 すると、ペンはすぐ下へと瞬間移動をしたのだ。かなり力を制限したため大して移動はしていなかったが、それは確かに光明が見えた瞬間だった。


 その現象は攻撃手段にもなった。もっとも、その不可視の攻撃故に、学校での実技試験であわや試験官を殺しそうになってからは使用を禁止されたが、それでも人の目を盗んでは毎日特訓していた。

 そうでなければドンピシャで穴にボールを埋められるはずもない。


 ◇


 僕が新たに目覚めたギフト『魔力タンク:∞』は『∞』を抜きにすれば珍しくもないありふれたギフトだった。


「ではこれはどうだ?」

「…なんともないようですね」


 新たな能力が判明してからというもの僕は小一時間程ずっとギルドマスターから魔力を打ち込まれていた。プラチナランクの冒険者ですら魔力酔いを起こしかねない程の魔力の流入だったが、僕は露にも感じない。


「ぜえ、ぜえ」

「もう終わりにしてはどうですか?」


 堪らず息を切らすギルドマスターに僕はそう声をかける。ギルドマスター程の人物が肩で息をしているというのは初めて見た光景だったが、それ故に事態の大きさをなんとなく理解していた。


「やかましい!もう一度だ!」


 気づけば神父はいなくなっている。確かにこの様子では逃げた方が得策ではあるが、いささか無責任ではなかろうか。勝手にギルマスを呼んでおいて後はお願いしますときている。しかも何も言わず。後でお灸を据えないとな、なんてことを考えるぐらいにはこの状況に飽き飽きしていた。


「いい加減にしてくださいよギルドマスター!何個ポーションを使えば気が済むんですか!」

「それはお前が倒れるまでだ!こうなっては儂も意地だ!」


 ここまで意固地になったギルマスは見たことがない。年をとれば頑固になるというがそれは目の前の男も変わらないということだろうか。


「ではこうしましょう。ポーションの残りは後どれくらいですか?」

「そうだな。この場にあるのは残り50本と言った所か。倉庫に行けばまだあるがな!」

「ではその50本が切れるまで僕が耐えられたら僕の勝ちということでどうです?ギルドマスターだって暇じゃないでしょう?」

「お前が耐えきれなかったら?」

「ギルドマスターの勝ちです。と言っても賞金も賞品もないですけどね。それでも、ここで徒に時間を浪費するよりかはいいでしょう」

「よかろう!その勝負乗った!」


 勝負好きが多い冒険者の中でもギルマスのそれは群を抜いている。その気質を逆手に取った上手い返しだろうと心の中でそう評価する。ポーション50本と言えばプラチナですら魔力酔いを起こしかねない魔力量だが、僕の中でそれを耐えきれるという根拠のない確かな自信があった。出なければこんな阿呆な勝負など持ちだすはずもない。


「その言葉後悔するんだな!」


 ◇


 結論から言って、その勝負は僕の勝利で終わった。「あと一本だけ…」と元気なく訴えるギルマスを「次の機会でお願いしますよ」と、何とか言いくるめての勝利だった。


「お疲れさまでした」


 プラチナですら50本のポーションを僅か一時間の間に全て飲み干したとなっては、胃の中身を全てまき散らし、異臭とともに夢の世界に旅立つのがオチだ。

 それなのに50本をまるでジュースの如く一気飲みし、さらにはまともな意識を保っているギルマスは、流石の男だった。

 だが、ほとんどシラフな僕を捕まえるにはやや平衡感覚が足らなかったようで、そんな言葉を最後にかけて僕は逃げおおせたのだった。


 ◇


「『∞』ねぇ」


 人っ子一人いない街中を歩きながら、神父の言葉を繰り返す。暖かかくなりつつあるとはいえ、流石に早朝を半袖一枚では少しばかり寒さを感じる。体を震わせながらも、先程のギルマスとの熱闘を振り返る。


 僕が知る限り『魔力タンク』というギフトはその持ち主の魔力容量を大きく増やすものだ。その点で言えば僕の魔力容量は確かに増えてはいるが、それだけではない。あのギルマスがフラフラする程の魔力を受けて僕が倒れないはずはないのだ。魔力回路が強化されてなければそんなことは起こりえない。だが、僕の知識の範疇でそんな話は聞いたこともないし読んだこともない。


 本来ならば、一眠りしてからじっくり能力を確かめるべきなのだろうが、足踏みできる僕ではなかった。徹夜したことでハイになっていたのかもしれない。どうしても僕は今すぐに自分の力を試したかったのだ。


 気づけば宿に向かっていた僕の足は180度回転し、街の外へ向いていた。僕の気持ちはすでにここにはなかった。あの声が聞こえた時から僕はどうもおかしいらしい。僕の理性はもはや使い物にならなくなっている。外へ向かう足を止めることができない。


 その時の僕の様子を見ている人がいたならば通報されただろう。目尻をこれでもかと吊り上げ、つられて上がる口角を両の手の人差し指で何とか押しとどめながら、スキップしながら街の外へ向かう一般男性の姿がそこにはあった。 


 こればっかりはギルマスに感謝しなければならないだろう。むしろ丁度いい時間に僕を解放してくれたものだ。


 それでも守衛はちゃんと起きていて、通り過ぎる時に確かに変な顔をされたが、今から待ち受けるイベントに比べればプライスレスだ。


 30分後、僕はいつもの洞窟ではなく、一つレベルの高いシルバー向けの洞窟にいた。

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