第5話 新たなギフトの名は
ともあれ、『エネルギー操作』の新たな可能性に気づかせてもらった恩を感じた僕は、そのクラスメイトとの交流を始める。僕が自分の能力のなさに絶望を感じながらも、幾たびと絶望の淵に落とされようとも、半年間僕が学校に通い続けられたのは、そのクラスメイトの存在があったからだろう。僕の唯一と言っていい友人だった。
◇
僕が目を覚ましたのは、ダンジョンの入り口でのことだった。
確かな違和感を感じる。日の傾きは変わってないし、装備も整える前の状態だ。まるであの声を聴いたその瞬間から別の世界に飛ばされたかのように、時間は進んでいなかった。
まるで嵐のような人だったなと思いつつ、混乱した頭で帰り支度を始める。習慣と言うのは便利なもので、上の空でもちゃんと戦利品をカバンに詰め、忘れ物なく僕はイニジャートへ帰ることができた。
我に返ったのは、ギルドの扉を開け、荒れ狂う冒険者たちの喧騒が耳に入ってきた時だった。
◇
ギルドと言うのは、いつも日没前が一番混む。それもそのはず、冒険者は日が落ちるギリギリまで外に出張っていることがほとんどだからだ。
「では依頼表をお出しください」
いつものように、僕は依頼表を提出する。普通のクエストならば依頼表というものはないが、僕の仕事は依頼者の印が普通のクエストで言う討伐証明となる。
「では確認しますね」
ギフトと言うのは誰にでも与えられるもので、それゆえに種類は豊富だ。このギルドでは筆跡鑑定士なんていう人が働いており、その印が僕が偽造したものでないか鑑定してくれる。ニッチな職業だとは思うが、いくらでも魔法で筆跡の偽造ができる世界で、この鑑定士と言うのは中々重宝されるのだとか。
「確認が取れました。こちら依頼料の100リアです」
「どうも」
普段僕が住まう宿屋が一週間大体300リアと言うのを考えると、この仕事は中々実入りのいい仕事だった。その点で言えば駆け出し冒険者にとっては手痛い出費なのだろうが、それで冒険者のイロハを全て教えてもらえるのだからむしろおつりが出るほどらしい。
「あと、ゴブリンを何匹か倒したんだけど、換金お願いできるかな?」
「了解しました。ではこちらにお出しください」
そう言われていそいそと袋からゴブリンの角を取り出す。ゴブリンの角は意外と有用でそのほとんどは武器に加工される。それゆえに流通量が多く単価は安いのだが、それでも一日の食費ぐらいにはなる。
「ゴブリンの角5匹分ですね。ではこちら10リアとなります」
「あと、ギフト鑑定をしてもらいたいんだけど、神父さんいる?」
「そうですね。30分後なら準備できると思いますよ」
「それじゃあ30分後また来るよ。これ1000リアね」
手痛い出費ではあるが、背に腹は代えられない。あの不思議空間での話が本当ならば僕のギフトに何らかの変化があったと考えるのが筋だろう。因みに意識を取り戻してからはギフトを使っていない。確かめたい気持ちはあったが、ただの夢だったと分かった時が怖かったからだ。
もしこれがただの夢にすぎないのならば他人から確かめてくれた方がまだ納得ができる。どうせ自分で確認した後で同じように鑑定してもらうならば、先に確認しても同じだろうと言い聞かせてのことだった。
「おいおいおい、今更ギフト鑑定かよ。新米冒険者じゃあるまいしよ!」
「まあ、たまにはいいじゃないか。ギフトは成長する可能性もあるみたいだし」
「はっ!成長ねえ。そんなものがあればとうの昔に俺様はプラチナランクさ!」
「ははは。確かに君のギフトが成長すればプラチナに上がるのは一瞬だろうさ」
「…全くつまらねえ奴だな。嫌味も通じやしねえ。まぁいいさ。お前みたいなタマナシは新人の尻拭いでもしておくんだな!」
「肝に銘じておくよ。ありがとうアレク」
「ケッ。感謝するぐらいなら酒の一杯でも奢るもんだ」
こんないざこざは今日に限った話ではない。どうも僕と同期の冒険者はシルバーランクに甘んじて、後輩指導をしている僕が目障りらしい。当の本人に甘んじているつもりはないのだが、他からはそう見られがちだ。アレクに限らず他の冒険者ともこんなやり取りをする。
それでも暴力沙汰にならないのは、ここのギルドマスターが冒険者同士のトラブルに敏感だからだ。理由なく殴りなんかすれば大目玉を喰らうことは間違いない。
そんな冒険者を僕は何人も見てきた。それは僕以外の冒険者も同じことで、よほどの馬鹿か、自分に自信がない限りそんな奇行はおこさない。
やれやれと言わんばかりの態度でギルドを後にするアレク。
受け取った報酬をカバンの中に詰め、視界からアレクが消えたのを確認して僕もギルドを後にする。ギルドにいれば他の冒険者に絡まれるのは分かりきっている。トラブルを避けるためにも一旦外に出るのは効果的だ。
◇
30分後、僕は再びギルドに戻ってきた。ギルドの中は30分前に冒険者でごった返したとは思えないほどに、静けさすら感じさせる。これも敏腕受付嬢のなせる業なのだろう。むしろそうでもなければ務まらないと言ったところだろうか。
「グレンさんこちらです」
先程と同じ受付嬢につられれ、僕は修練場の方へ移動する。修練場は新しく冒険者を目指しに来た血気盛んな若者の力量を測るとともに、ギフトの測定までやってくれる。勿論ギフトの初回測定はタダだが、二回目以降は今回のように料金が発生する。決して安くはないお値段だが、それでもギフトの再測定を申請する冒険者は少なくない。ギフトの成長という夢物語を信じるものが後を絶えないからだ。
「今日はグレン一人ですか。ではグレン、そこにある石板に手をかざしなさい」
神父の目の前に準備された石板に僕は手をかざす。ギフトに何らかの変化があれば石板は反応を示す。石板は一度測定したギフトを全て記憶しているのだとか。
両手をかざしたのち、僕は目を瞑り意識を集中させる。どうかギフトが成長してますようにと願いながら。
と、その瞬間。
辺りは青白い光で包まれる。太陽を見てもここまで眩しいと感じたことがないほどの光量。目を瞑っていた僕がそう感じるほどなのだ、ましてや目を開けていた神父は目が潰れていてもおかしくはない。
「ふう。驚きましたよ。ポーションがなければ失明していたようですね」
僕の心配は杞憂だったようだ。それどころかポーションを常備しているなんて神父は実入りのいい仕事なのだろうか、なんて邪推をしてしまうほどに何ともないといった様子だった。
「測定結果は?」
「まあまあ、落ち着きなさい。結果は逃げませんから……って、へ?」
「どうしたんですか?」
神父の顔は驚きの表情で包まれている。足が震えているなんてことはないが、明らかに動揺しているのはわかる。額から汗が滲み出ている。
「いえいえ、私の見間違い……ではないようですね」
「はい?」
「……では、グレンそのままこの場所でじっとしておきなさい。ギルドマスターを呼んできますから。絶対この場から離れないように」
「はぁ」
状況が読み込めない。確かに青白い光を石板が放ったのだからギフトに何らかの変化はあったのだろう。が、あの神父の慌てようはただ事ではなさそうだ。
この場から離れないようになんて念を押されればむしろやりたくなるのが人の性というものだが、ここは一つ我慢して、ギルドマスターの到着を心待ちにしよう。僕の心はウキウキだった。
「ほんとかね?ケリー」
「ほんとですとも。あまりの驚きで目ん玉が飛び出そうになったほどです。良ければギルドマスターもご覧になりますか?」
「いいや、大丈夫だ。君の目は信じているからな」
数分後、そんな会話をしながら入ってきたギルドマスターはその冷静な顔そのままに額に汗を浮かべていた。
「お久しぶりです、ギルドマスター」
「ああ、グレンか。話は聞かせてもらったよ。それじゃあケリーよ測定結果をグレンに伝えてくれ」
「…了解しました。ではグレン心して聞いてください」
「はい」
ギルドマスターが出てくるほどだ、僕は何かとんでもないことを起こしたに違いない。いや、詳しくは僕のギフトが、か。
しかしそんなことはどうでもいい。問題は僕のギフトがどう変化したかということだ。目の前の二人の様子など僕にはどうでも良かった。
「では言います。私もまだ事態を飲み込めていないのですが……」
「早くしてくださいよ。こちとら早く知りたくてうずうずしてるんですから」
「では、言いましょう。グレン、君には第二のギフトが開花したようです!」
僕の口から出てきたのは、「へ?」というあまりに間抜けな声だった。
は?第二のギフト?そんなことは聞いたことがないぞ?
学校の図書館の本と言う本を全て読みつくしたことは僕の数少ない自慢ではあるけれども、そんな僕でも第二のギフトと言うのは聞いたことがない。
「具体的には?」
「そうですね、石板には『魔力タンク:∞』と出ています。『魔力タンク』というギフトは職業柄見たことはありますが、『∞』と言うのは初めて見ましたよ」
僕がギルドから解放されたのは明け方、鶏が朝を告げ始めるころだった。
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