第3話 壊すのは?
『エネルギー操作』は確かに最強だが、一つだけ弱点があった。それは何らかのエネルギーを持っていないとそのギフトは発動できないということだ。
1を2にすることは可能だが、0を1にすることはどうあがいても不可能だった。
それに僕が気づいたのはイニジャートの学校に入学して二月ほど経過してからのことだった。
◇
一寸先は闇。碌に前も見えない状況で僕は壁伝いにその声の方向へ歩いていた。道に迷わないようにと一定の間隔で壁に目印をつけてきたが、この調子だと戻ってくるのにもかなりの時間がかかるだろう。
かといって耳から得られる情報もほとんどない。聞こえるのは僕の足音と天井から滴り落ちる水滴の跳ねる音のみ。ここまで深くなれば魔物もいるはずだが、不思議とそんな音は聞こえず気配もしなかった。
それでもここで引き返すわけにはいかない。僕を呼ぶ声は次第に大きくなってきている。目標に近づいている証拠だ。そもそも僕に現実感などは皆無だった。ここまで進めたのも僕を取り巻く異常な状況によるところも大きいだろう。不気味さによって恐怖感も薄れていた。
「困ったな」
およそ半刻ほど歩いた時点で僕は歩みを止める。目の前には壁しかなかったからだ。僕に力でもあれば壁を壊してでも進むところだが、生憎そんなことはできないし、たとえできたとしても落盤で押しつぶされるのがオチだ。
しかし、
「おいで、おいで」
と僕を呼ぶ声は壁の向こうから聞こえている。方向は間違っていないのだ。
「なんだあれは?」
行き止まりの壁をくまなく調べていたところ、僕は何やら文字のようなものを発見した。
『この球を壊さずに埋めるべし。さすれば扉は開かれん』
見ると、こぶし大のボールの真下にそれが丁度入るような穴がある。ただ問題なのはその穴を破壊しなければとてもじゃないがボールを入れられないことだ。明らかにその穴の入り口はボールより大きい。文字を見る限りでもトンチを利かせるものでもないようだ。
しかしながら、何も得られませんでしたでは済まされないところまで僕は来ている。命の危険を冒しながらここまで来たのだ。僕は必死に頭をひねらせる。
そこで僕が思い出したのはかつての僕の奇行だった。
◇
あの頃の僕は自分のギフトについて死にものぐるいで情報を集めていた。それは魔力測定とギフトの能力測定で大恥をかいたからに他ならない。
僕はその当時疑問を抱いていた。何故僕のギフトは最強なのに、それに対する情報が一つもないのだと。実用に値する情報が何故どこにもないのだと。あるのは昔話のみ。やれ英雄が同じギフトを持っていたのだ、やれかつての王が同じギフトを持っていたのだ、などという信憑性が皆無な情報しかなかった。それは、街の本屋を漁ろうが、学校の図書室を漁ろうが変わらなかった。
僕をわざわざスカウトしに来た校長にも勿論聞いたが、
「君のギフトは確かに確実な情報はないが、それを目にするのは決まって英雄譚だ。故に君のわが校への入学を推したのだ。ここでそのギフトを研究すれば、儂の評価も上がるというのもあるがね」
とのことだった。要は自分の出世のために僕をスカウトしに来たのだった。そんな無責任なことがあるかと思ったが、僕はタダで学校に通えるわけだし、生活費も支給されている。僕に反論の余地はなかった。
ゼロイチが不可能であると気づき、毎週のギフトの能力測定に嫌気が指してきて、自分で開発するのも諦めようとしたときに、僕の転機は訪れる。
いつもの如く昼休み、一人で昼食をとろうと中庭のベンチで一人、黄昏ていた時のことだ。
「君はエネルギーを増やすことばっかりに執心なようだけど、逆の発想はないのかな?エネルギーを減らすことは考えたことがないのかな?」
意外や意外。今まで一度たりとも話したことのない同級生のアドバイスだった。
兎にも角にも、僕はそのクラスメイトの提案を受け入れエネルギーを減らすことを考え始める。固く閉ざされた扉が一度に開け放たれた瞬間だった。
手始めに空を飛ぶ鳥のエネルギーを減らしてみた。
しかし、落ちていったのは飛ぶ鳥ではなく、僕の意識。
次に目が覚めた病室で言い渡されたのは、魔力の過剰摂取による、一種の魔力障害。いわゆる魔力酔いという奴だった。
◇
「あれは嫌な記憶だったな」
結局のところ、その提案は諸刃の剣もいいところだった。飛ぶ鳥を落とす程度の魔力の流入ですら僕の体は耐えきれなかったのだから。
しかし、この状況を打破できるのはその手段以外に他はない。周囲に魔物がいないことを確認して僕は覚悟を決める。このボールの高さを考えるに僕が気を失うのは半刻と言った所だろう。なれば、少なくとも死ぬことはないだろうと。
僕は深呼吸をしてこう叫んだ。
「エネルギー操作!」
と。
突如として体中を巡りに巡る、体内の水分が全て沸騰したかと思うほどの熱い魔力の奔流。
僕が意識を手放すのは簡単なことだった。
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