第2話 訪れた転機

 15歳の誕生日に授かった『エネルギー操作』はそれまでありふれた生活を送っていた僕の人生を劇的に変えた。たとえ今の僕が望んでいない姿だとしても僕のギフトに感謝こそすれ不満を言うつもりは毛頭ない。


 ◇


「ぜひ私の学校に!」


 それが15歳の誕生日の次の日に初めてかけられた言葉だった。田舎の得に有名でもない教会での出来事だったというのに噂というのは中々どうして早いものだと呆れたのを覚えている。あの頃の僕は天狗だったのだ。


 僕より何倍も生きている数多の人々からの熱烈なアピールで僕は有頂天になっていた。15歳ということを考えれば無理もない話ではあるが、今の僕が鑑みるに調子に乗りすぎていた感は否めない。

 そしてその態度を学校に入学しても改めなかったのがさらに僕の境遇を悪化させた。


 学校は僕のような例外を除いて、ほとんど都市部に住む裕福な人間しか通うことしかないし、そのような人間しか通えなかった。とてもじゃないが自給自足のような生活を送っていた僕の家が到底出せる学費ではなかった。

 それでも僕がこのイニジャートの学校を選んだのは、ひとえに奨学金が出たことに他ならない。それにお小遣いが出るともなれば選ばない理由を探す方が難しいというものだ。


 意気揚々と入学したものは良いものの、化けの皮は初めの魔力測定ではがれ始めた。僕の魔力量は学内最下位だったのだ。

 それに加え、その後に行われたギフトの効果チェックで完全に丸裸にされた。僕のギフトは確かに最強だったが、こぶし大の石ころ一つすら動かせなかったのだ。

 限りある魔力を全て消費してもその石が動くことはなかった。


 すぐさま僕が最弱であるという話は校内に広がり、僕は入学後一か月で最弱の汚名を着せられ、学校生活を送ることになる。僕がその学校を去ったのはそれから半年後のことだった。


 ◇


「ようやくゴブリン一匹はギフトだけで倒せるようになったな」


 ダンジョンの入り口に程近い安全地帯で僕は自分の魔力の成長を実感する。魔力が大幅に成長するのが10歳前後とされているのを考えると、今20歳を間近にしつつも成長できているのはこの毎日のトレーニングのおかげだろう。

 当時僕の魔力が最低だったのはそれまで魔法とはなんも関りのない生活を送っていなかったからだ。もっとも今でもあの頃の倍ほどしかないのだが。


「そろそろ、ランクも上がるといいんだけどな」


 冒険者稼業を初めて早三年。僕はいまだに二つ目のランクであるシルバーに位置していた。他の三年選手はみな最低でも三段階目であるゴールドなのを考えると落ちこぼれと言わざるを得なかった。


 ランクを上げるにはそれ相応の実力が求められる。今日のようにゴブリンを狩るだけではまずゴールド以上に上がることは不可能だ。冒険者の世界ではチリツモとはいかないのだ。


 しかしながら、シルバーランクの中では評判は良い方で、ギルドが僕の経験を買って今日のように駆け出し冒険者に対してインストラクターの仕事を斡旋してくれる。

 稼ぎが良いとは言えないが、命の危険がほとんどないながらも、それなりの生活ができるのだから受けないわけがなかった。


 そもそも、冒険者が他人の世話をするということがほとんどない中で、僕の存在は稀有であり、そんな僕がいるこのイニジャートのギルドの新人死亡率は他よりも10倍近く低い。そんな実績もあり最初に比べ、最近の僕は意外と頼られることが多い。

 そんな初心者たちも一年もしないうちに僕のランクに到達し、二年としないうちに上のランクに上がっていくことを考えると多少は劣等感を感じるが、それでも頼られるのは嬉しかった。


 話を戻してこのゴブリンの話だ。脳天めがけて投げた石ころにエネルギー操作を行い、速さを増加させる。貫通するほどの威力はないが、脳天にヒットすれば即死させるぐらい訳ないことだ。


『エネルギー操作』というギフトは確かに最強と名高いが、それを扱うには多くの魔力を必要とする。石ころの速さを増加させた程度で、僕の魔力はすっからかんだ。

 そのせいで、宝の持ち腐れなどと言われることは多いが、このギフトのおかげで僕は今まで生きてこれたのだ。このギフトに何らかの悪感情を抱いたことは無い。


 消費した魔力を回復するには魔力ポーションが一番早いがそれをふんだんに使えるだけの稼ぎは僕にはない。できるのは時間経過による自然回復のみ。かといって、いつ敵に襲われるか分からない洞窟の中で自然回復する訳にはいかない。一度ギフトを使えば洞窟の入り口に戻る他はないのだ。


 魔力容量を増やすには魔物を倒す他に手段は限られている。そのどれもが高額でその日暮らしの冒険者には払えない。効率的とはいかないが、これ以外に自分を強化する手段はなかった。


「日も暮れるしそろそろ帰るか」


 5回ほど往復したところで、僕は帰りの準備を始めた。夜になればいくら洞窟の外とはいえ、死の危険性は倍以上に高まる。碌に装備を整えていない僕では襲われて身ぐるみ剥がされるのがオチだろう。魔物だけでなく盗賊なんかも街の外には存在する。


 しかし、今日は違った。


「おいで、おいで…」


 と、消え入りそうな声で僕を呼ぶ声がしたのだ。空耳だろうと耳を擦れども、耳を塞げどもその声は否応なしに僕の耳に入ってくる。男か女かは分からないが、ダンジョンの中から僕を呼ぶ声に僕は意識を奪われていた。体すら自然にダンジョンの方を向いている。


「日没まではまだ一刻ほどあるし、少し覗いてみるか」


 恐怖心は確かにある。が、ここで帰れば何かが決定的に終わってしまうと、何故かは分からないがそう感じた。好奇心は身を滅ぼすとは言うが、それでもこの甘美な響きを感じさせる声に僕は並々ならぬ魅力を感じた。その好奇心で恐怖心を必死に塗りつぶし、僕はまだ見ぬダンジョンの奥地へと足を踏み入れた。

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