幻奏歌姫SS:未来世界でのちょっとしたSFトーク
「ねえ慧雅、SFについてどう思うかしら」
夏休みのある日のこと、喜嶋慧雅は問いかけを聞いた。
幼馴染で同居中の車椅子少女の夕凪儚那が、突如部屋に乗り込むや否やのことだった。
「一体どうしたんだよ夕凪。本棚から喜嶋セレクションを勧めて欲しい誘いだったりする?」
半実体の空中投影型ビジュアルデバイスであるところの情報窓を展開し、慧雅は電子書籍を検索する。
情報窓の開発企業である鉉樹社の
ずらっと並んだリストの中から絞り込もうと指を伸ばした慧雅の前で、車椅子少女は首を振って。
「いや、そうじゃないのよ。サイエンスフィクションってなんとなく未来を書くもののイメージがあるじゃない。
人類が宇宙進出してスペースコロニーに住んでいるだとか、逆に人類が滅亡しかけて地下で生活してるとか、そんなの」
けど、
「私たちの時代って、多分そういうことが起こる感じがしないじゃない。
人類が滅亡するにしてもエネルギー問題が解決された今ではポストアポカリプス的な構造になるとは思えないし。
異想領域技術による空間の拡張が容易である以上、宇宙に進出するだけの動機理由が見えてこないし」
そもそも、
「情報と物質の相互変換技術の確立。空中に投影される半実体のビジュアルデバイス。集合的無意識と接続した超高精度の推論機構。私たち身の回りには、旧文明からすればサイエンスフィクション以外の何者でもないテクノロジーが溢れているわよね?」
空間内の物理法則の改変が可能になった時代において、科学にあるのは未知領域ではなく拡張領域と変わってしまった。
あらゆる空想が可能となったその先にあったのは、社会とは必要性を満たすために作られるという現実だった。
であるならば、
「来ないであろう『未来』を描くのって、果たして何の意味があるのかしら」
「それには僕が答えようじゃないか!」
突如。
夕凪の後ろから割り込むように、この家の主である喜嶋兆治が割り込んできた。
「親父、てめっまた盗聴をしやがったな!?」
慧雅は反射的に机の裏側に手を伸ばす。そこには予想通りに小さな機械が取り付けられていて。
「これでもぼくは小学生の頃はSF少年でね。SFの魅力についてなら相応の行数語ることができるとも」
現在でこそハイテンションで親しみやすさを演出して滑っている父親だが、慧雅の人生の大半で見てきた喜嶋兆治は、冷酷非情の研究員であったわけで。
無愛想な仕事人間になる前に読書人間だったと言われても納得ができるようなできないような。
「SFの魅力というのはね。未来というよりもifなのさ」
「イフ?」
「そう。もしも。架空。非現実。過去においてはそうはならなかったし将来においてなり得なかったのだとしても、けれどそれらしさはある空想領域。そんな現実ではないものに思いを馳せて突き詰めるのが、スペキュレイティブ・フィクションの魅力なのさ」
「スペキュ……何?」
聞き慣れない英単語に慧雅の頭に疑問符が浮かぶ。
それを察した情報窓が親切にも、英和辞書アプリを起動して即座に眼前に解答を提示。
『speculative
1.思索の、思索にふける、熟考する
2.推測の、推論の、思弁的な、空論の』
「SFも歴史が長いからね。扱っているものが『サイエンス』ではないんじゃないかという論争があって、じゃあそれ以外の単語を当てはめるなら何がいいかと考えられた、そんな時代もあったわけさ」
遠い目をして語る兆治に、なにやら触れてはいけなさを仄かに感じる慧雅だった。
「とりあえず、わかりやすくは古典の話をしてみようか。
HEY情報窓、ジュール・ヴェルヌのあれを出してくれ」
代名詞でされた曖昧な指示に、推論機構は正しく答えた。
宙空に浮かぶモニタに表示されたのは、『月世界旅行』のタイトルだ。
「お金を集めて砲弾を作り、それに搭乗して月まで行こう! 遥か大昔の伝説的作品だ」
もちろん、
「大砲で月までいくことは無理なことは、今では子供だって知っている。
こんなものは現代科学からしてみれば『サイエンス』となんてとても呼べない。ミュンヒハウゼンのホラ話と大差ない。
だからといって、この物語に意義が存在していないと言えるだろうか?」
1800年代後半という、1世紀以内に人類が月に立つとはまだ考えられていなかった時代の空想。
こういうことがあるんじゃないかと思い巡らせて書かれた理想。
「過去であっても未来であっても、何を思うことに意味がある。それを聞くことに面白さがある。
多分それがこの世界に残された最大の謎である、人の心というものじゃないかと、昔の先輩が言っていた」
「自分の感想じゃないのかよ親父」
「ははは僕がそういうロマンに溢れる人間だと思うかい?」
尤もな、しかし悲しいことを言って、喜嶋兆治は去っていく。
「ふう。お義父様も困ったものね。私と慧雅の蜜月の時間に割って入ってくるなんて。
けれど気になってたことに答えが出たのは感謝するべきことかしら」
吐息を漏らした幼馴染の車椅子少女は、慧雅のそばへと近寄ってきて。
呼気が素肌に感じられるほど接近した夕凪儚那は、慧雅の耳元でこう囁く。
「それじゃあ、お勧めの一冊、私に教えてくれないかしら。
知らない私に一晩読み聞かせられるような、そんな浪漫溢れる一冊を、貴方だったらきっと教えてくれるでしょう……?」
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