お題:病 【日常】鮎川羽龍【憂鮎対談】
本編はこちら
https://kakuyomu.jp/works/4852201425154925556
今日も今日とて、我が家の居候こと憂里みくにはパソコンの前で1日を過ごしている。
人間は情報を食べる生き物なんだから、情報が溢れているインターネットはランチバイキングだよとは彼女の言。
いっぱい食べるのはいいけれども、その中に毒とか混ざってたらどうするのかと問いかけてみたら、
「鮎川くん、君はフグの毒のことを知ってるかな?」
「テトロドトキシンの名前ぐらいなら聞いたことあるけど」
「あれは生物濃縮だよ。毒のある生き物を食べて体に毒が溜まっていくが、フグ自身は平気の平左だ。
人の猛毒はフグの常食。耐性があるなら平気なものだよ」
成程とぼくは頷いた。
憂里の皮肉げな毒舌は、そういうとこから生まれてくるのか。
◇
「で、今日は何をみてるのさ憂里」
「んー、ボクとしては鮎川くんの健全な生活を守りたいのでそんなにネットに触れさせたくないんだけどね。
まあ今回のは大して問題にならないだろう。こんな話題だバカバカしいだろう?」
感想まとめのサイトだった。
対象にされているのはぼくでも名前を聞いたこと程度はある古い戦記の有名作。
癇癪を起こした無能将官がウィットの効いた冗談でたしなめられ笑い者にされるシーンだった。
「『閣下には持病があらせられるのです。絶えずあらゆることが自分の思い通りになり賞賛の的になり続けてていない限り、現実を正しく認識できないという持病が』
ここで無能でヒステリックな性質を病気として扱うのは、実在の病人に失礼だと言う問題提起。
どうだろう、滑稽な話だと思わないかい?」
「はあ」
生返事で頷く。
ジョークであることが自明なので、何を目くじら立てるものかも解らないけど。
「いやいやこれ自体は冗談だが、精神に影響が出るような病気障害というのは実際結構存在してね。
そもそも近年身近な認知症やストレスによるホルモンバランスの悪化まで、人間心理はかなり体調の影響を受ける。
健全な精神は健全な肉体に宿れかしとは言うけれど、健全ならぬ肉体は精神も病ませるのはよくあることだ」
「つまり、ヒステリックさを病気と揶揄するのは、実際に病気の結果としてヒステリックになっている人を揶揄してるのと同じと言いたい訳かな。……それっておかしくないか?」
そもそも本当に病気だとした場合でも、ならばそれを自覚せずにいる時点で問題だ。
風邪の時に仕事に出るべきではないと同じこと。
出来ないことがあるならば、出来る誰かに任せるべきというのが、責任を果たすということだ。
「人間には劣等感と言うものがあって、それを刺激するワードを見るだけであらぬ連想をするのは習性だけどね。
けれど、個々人のそれを意識して発言しろと言われたら際限なんてなくなってしまう。くく、これも一種の病気だね」
「憂里はそういうのとは無縁そうだよね」
皮肉る。
「くく、ボクを知的優秀有能だと言ってくれるのかな嬉しいね」
それを向こうは笑って受け流して。
「そもそもだ。鮎川くん、病気とは一体何が問題なのか解るかな」
考える。
真っ先に思いついたのは日常生活を送れないと言う点で。
「くく、君らしい答えだその通り。
体の機能の不全とか、精神状態の不安定とか、通常の日常運営を阻害するもの、それらを人は病と呼ぶ」
健康とは心身共に悪いところがないことであると誰かが言った。
体に怪我が無く疾患も存在していないだけでは健康たり得ない。
心にも問題がない状態でなければ、健康とは言えないのだと。
「けれど、悪いところが無い人間など、この世にどれだけいると思う?
感冒疾病以外にも、悪くなりうるところはあるぜ?」
例えばそうだね頭とか。と、憂里はこめかみを掻いてそう嗤う。
「そもそも人は学習しなければ正しい現実認知を行えない生き物だ。
先ほどの論理の混同だってその一つ。関係ないものを同一視して心を掻き乱されるなど、これはよくない反応だろうさ。
人間は理屈の通らない行動をする。
人間は被害妄想の癖がある。
人間は間違いを素直に認められない。
そう言う意味では正しい現実認知を出来ないことは、病であると同等だ」
全ての人は病人なんだと、憂里みくにはそう言った。
「社会適応というものは、進んで病気にかかるということだ。
偏見誤解無知嫌悪、劣等感による過敏反応、好きや嫌いによる贔屓、日常の癖や宗教観。
それらは衝突の元になる。それらは間違った現実認知を推進する。
本人にアンコントローラブルである上で社会活動を阻害して正常な日常運行を妨げるものを病気と呼ぶと言うのであれば、それら等しく病気に等しい。
全知全能であらざるヒトが健常健康を名乗ろうだなんて、何ともはやでバカバカしいね!」
けらけらと。
人間という存在そのものに対し、うちの居候は犯しそうに嗤う。
その態度はとてもシニカルで。
こういう風に生きられる彼女は、とても楽しそうだなと。ぼくは小さくため息をつく。
「ところで鮎川くん、そろそろちょっとお風呂に入りたい気持ちなんだが」
「たまには自分で沸かさない?」
言ってみる。答えは無理だと解ってるけど。
「つれないなー。すげないなー。意地悪だなー。
それが出来る体ではないことは、キミも解ってるはずなのになー」
「……冗談だよ」
憂里の赤と橙の斑模様をした、魚類そのもののの下半身を見つめ、ぼくは思う。
我が家の皮肉げな居候。憂里みくに。
病気で人魚になったこの少女は、いつから人から外れてたのかと。
「……どうでもいいか」
そんな疑問を一言で沈め、ぼくはお風呂をお湯張りに行く。
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