胡乱文芸部ワンドロ練習2日目

へりぶち

予感のファミレス

その指先は、まっすぐに始まりの方へ向けられていた。





私は人気のないファミレスの隅の席で深夜、パソコンを持ち込み趣味の小説を書いていた。

パチパチと打鍵音を響かせ書いては消し、書いては消しを飽きもせず続けていた。


頼んだはいいが全然行っていなかったな、とドリンクバーに向かおうと顔をふと上げると、対面にニコニコと微笑む女性が座っていた。

微笑む女性はその表情を崩さず口を開くと

「バー・ウロボロスへようこそ。」と言った。

正直、ヤバい奴に絡まれたと思ったので本能の赴くまま呼び出しベルを押すことにした。

が、呼び出しベルが鳴る事はなかった。なんなら呼び出しベルというものが消えていたし、今私がいる場所もファミレスではなくいつの間にかバーになっていた。


「始まりに苦しみ、終わりに狂う。そんなお客様のための道標。バー・ウロボロスへようこそ。」

あまりの出来事に声が出せない私はまず周りを見渡し状況を整理することにした。

しっとりとした暗がり、暗がりに調和するベルベットのカーテン、上品に店を照らす照明、なめらかに輝くカウンター席、いつのまにか座っている背の高い椅子……

明らかに違う場所に来てしまったようだ。

違う。私は今眠っていて、これは夢なのだろう。

それならばと私はこの夢を楽しむことにした。


しかし生まれてこの方バーなどというオシャレな所には縁のない生活を送っていたので、カクテルの名前などあまり知らない。

せいぜいがスーパーで売られている缶チューハイのラインナップくらいなもので、せっかく夢の中とはいえバーに来たのだからと目の前の女性にオススメを聞いてみることにした。


「お客様のオススメは…そうですね、こちらの扉でしょうか。」

まさかの酒ではなく扉をオススメされた。

しかし夢にまともな会話を求めてもしょうがないので勧められるがまま黒い扉の奥へと進んだ。


扉をくぐると突然眩い光が目を刺激し思わず目を瞑ってしまった。そしてだんだんと光に目が慣れおそるおそる目を開くとそこには窓と照明のない壁も床も真っ白な明るい一本道があった。


とにかく私は進んでみることにした。

時計をつける習慣がないので体感だがおおよそ20分ほどは歩いてみた。

が、壁と床以外特に何もなかった。

はてさて困ったものだと立ち止まったところで行儀悪くも地べたに座ってみた。


すると、よく見ると床の端に小さな私がいた。

何かを叫んでいるようなので手のひらに乗せて耳元に近づけてみたが、小さ過ぎて声が届かない。

私が困った顔をすると小さい私は今来た道を戻れというジェスチャーをしていた。

進んでも何もなかったのだから戻ってみるのもいいかもしれない。

そう思い小さな私と来た道を戻ると今度は中くらいの私がいた。


小さな私が手のひらからジャンプすると、中くらいの私に吸収されていった。

そうして中くらいの私はニコニコと笑い、何を喋るでもなく私の手を取りズンズンと来た道を戻る。

次は私と同じ大きさの私がいるのだろうか。


そうして向かった時間と同じくらいの時間を戻るとそこにはバー・ウロボロスの女性と、私と同じ大きさの私がいた。


「お帰りなさいませ。オススメは見つかりましたか?」

女性がそう尋ねてきたが、見つかるはずがない。

来た道を戻ってきただけなのだから。

そう伝えると女性はまっすぐに始まりの方へ、くぐってきた扉の方へ指先を向け

「ならばあなたのオススメは始まりにあったのでしょうね。」


その声を聞くと急に視界がぐらりと揺れ、暗転し、私はファミレスへと戻っていた。


寝ぼけたようなぼやけた視界の中、パソコンの画面が私の目に映る。

なんの夢を見たか忘れたが、なぜだか今なら小説を書ききれる気がする。

始まりはどうしようか、オチはどうしようか。

多分、色々考えたけれど最初に考えていたものがいいのだろう。


そんな予感のような確信が今はある。

少し出ていたよだれを隠すように拭いて、私はまたパチパチと打鍵音をファミレスに響かせるのだ。

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胡乱文芸部ワンドロ練習2日目 へりぶち @HeriBuchi1

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