らすとちゃんす

 きょうのママはなんだかすっごくこわい。かおだけはわらってるけどこえはぜんぜんわらってない。

 パパのかいしゃもようちえんもおやすみでパパといっしょにあそべるとおもったのに、とつぜんのおでかけ。しかもパパをのこして。


 ……っていうか、なにここ?びょういん?わたしかぜひいてないんだけど。それでそのびょういんでわたしはみぎめやひだりめをかくしたりこれはなにいろですかってきかれたりいろいろやったけど、なんだったのこれ?


「何も問題ありませんね」

「……………本当にですか?」

「両目とも至って健康ですよ」


 えっおめめのはなし?わたしのおめめっておかしいの?おいしゃさんはなんにももんだいないっていってるし、おかしくないんだよね……?

「そうですか、では失礼します……」

 ママはぜんぜんなっとくいってないかんじ、ねえママ、なんでわたしのおめめがおかしいとおもったの?


「いやその、今は大丈夫だけど、そのうち何か出て来るような事があるのかもしれないのかなー、ってね。それに、最近宇宙は天文図鑑ばっかり見てるでしょ、そういう風にお目目をたくさん使ってるとお目目が疲れちゃうの、走り回ってると足が疲れて動かなくなっちゃう事とかよくあるでしょ、それと同じ事」


 ほんをみてるだけでそんなにつかれちゃうものなのかなあ、わたしわかんない。


「例えばね、夜よく眠らないでいるとお目目どうなるか知ってる?それはね、赤くなっちゃうの。そんなお目目してると私は夜よく寝てませんってみんなに言いふらしてるのと同じなの、そうやって思われたら嫌でしょ?」


 でもね、うさぎのおめめはあかいんだよ、ようちえんでみたよ。


「ウサギさんはねえ……そうウサギさんは私たち人間よりお目目の皮膚が薄いから、その下にある血管が見えちゃうの。だからウサギさんは大丈夫なの」


 ママのすきなところ、それはわたしのなんでなんでっていうしつもんにちゃんとこたえてくれること。ママといっしょにいるといろんなものをしることができてうれしい。でもやっぱりパパといっしょのほうがそらはすき、だってパパのほうがおもしろいんだもん。ママはきっちりきっちりってかんじでなんていうか、よくわかんないけどこわいの。





「このラストチャンスを逃すともう苦しいでしょう」

「点差が5点ありますからね」


 かえりのバスをまっていると、となりのせきのおんなのひとからそんなこえがきこえてきた。ひとりなのにふたりのおとこのひとのこえがする。テレビ?


「音量を落として下さい、迷惑ですよ」

「ああすみません」


 えっなに、おねえさんなにをきいてたの?


「高校野球よ、今私の彼氏の母校がピンチなの。それにしても可愛い子ですね、今日はお母さんと一緒に何しに来たのかなー」


 ちゃいろのかみをしたそのおねえさんはやさしそうにこえをかけてくれたけど、ママはしぶいかおをしてる。ねえママ、らすとちゃんすってなに?


「最後のチャンス、これを逃したらもうおしまいって事……」


 そういったきりママはだまってしたをむいちゃった。そのあとおんなのひともがっかりしたみたいにしたをむいてたけど、うまくいかなかったんだね……ざんねん。

 それで、いえにかえってくるとパパがでんわをしてた。


「ラストチャンスですか……はいわかりました」


 あれ?パパもやきゅうのおはなし?パパ、ただいまー!


「二人ともおかえり、で、検査の結果はどうだった?」

「何にも異常なしだって………はぁ」

「異常がないに越した事ないじゃないか、それとも異常があった方がいいのか?」

「いやだってね、ここ最近あなたを見てると宇宙が変な事ばっかりいうのよ。体重が軽くなっただの、腕が長くなっただの、顔が真っ青になっただの…あなたのようなただの人間にそんな事ができると思う?」


 ……ぜんぶほんとだもん、ほんとうにおきたんだもん。でもさ、ママだってすぐそばでみてるんでしょ?


「あのね宇宙、どこのパパがそんな、私が言ったみたいな事ができるって言うの?」


 だってママはいってくれたでしょ、それぞれりゆうがあるって。だからさ


「じゃあさあこれを」


 えっ何パパ……うわーっ、パパのおめめがまっかにひかった!すごい、すごいきれい!ねえママ、ねえママすっごいきれいだよ……あれ、ママはママのおめめをおさえてくるしそうにしてる。どうしちゃったのかなあ。まさかパパのおめめのひかりをみちゃったから?でもわたしへいきだよ?


「宇宙も見たって言うの、パパのお目目が真っ赤に光ったの……嘘じゃないわよね!」


 うんみたみた!ママもみたんでしょ!


「どうやらママ、お目目がおかしくなっちゃったみたい…今度、また別のお目目のお医者さんの所へ行きましょう!二人一緒に!」


 えっまた……?というか、おめめのおいしゃさんっていうなら、きょういったところでいいじゃない。


「ダメだわ、あのヤブ医者は……」


 そのあとママは、パパともかおをまともにあわせないで、そのままごはんをつくるからっていってだいどころにひっこんじゃった。パパのほうをみるとおめめはふつうになっていた。でもさっきはまっかにひかってたのに……わたしたしかにみたのに……。










「もう耐えられません!」

「何だよ唐突に、宇宙は昼寝の最中だぞ。あまりでかい声を出して起こしたらまずいぞ」

「知った事ですか!だいたい大きな声を出させる方が悪いんですからね!この一週間、何があったか忘れちゃいないでしょうね!」

「何って……いやさあ、馬券の事は悪かったと思うよ、でもさ…」

「そんなのはどうでもいいの!どうでも良くないのは宇宙の事!と言うかね、私は反対したのよ、その事を忘れてるの?」

「でもさ、お前の両親も賛成したじゃないか」

「確かに私のお母さんはいいんじゃないって言ったけど、お父さんは任せるよって丸投げだったじゃない!名前が決まった後だってそうかと言ったきりだったのよ、本当はがっかりしていたのかもしれないじゃない!」

「本人に聞いてみろよ」

「だから、これから聞いて来るから」

「聞いて来るって、電話でもすればいいじゃないか」

「私はね、明日香って名前を付けたかったの!それなのにあなたがゴリ押しして」

「最終的にお前も了解したじゃないか、もう5年も前の事を今更言われてもな」

「男ってこれだから嫌なの、自分に都合のいい事ばっかり覚えてて都合の悪い事は全部忘れちゃうんだから」

「あのさあ、宇宙の名前を今更変えようだなんて言ったってさ、その方が勝手だと俺は思うぞ。これまで四年間、宇宙としてあいつは生活して来て、そして役所やその他もみんな宇宙と言う名前で俺とお前の娘を記録しているんだぞ。何よりかにより、宇宙の存在を無視してないか?」

「今になってみると、恥ずかしくて仕方がないのよ!今はまだいいけど、学校とかに上がったら絶対あの名前浮いていじめの対象になるわ!まだ間に合うから今の内に」

「お前の意見はそうなんだな、でも俺はそんな風には思わないな。最近の子どもたちがいくらギスギスしてるからっつったって、そこまでレベルが低いもんじゃないだろ。そんな風に絡んで来るような奴はどうせ大した人間じゃないんだから無視無視」

「見通しが本当に甘いわねあなたって人は。いや名前の事はこの際横に置いておくとしてもね、もっと大きな問題があるのよ!」

「何が?」

「今はまだ私しか知らないし、外であの子も言ってないみたいだからいいけどね、ここ数日のあなたっておかしいわよ」

「おかしいって……」

「いやちょっと違うわね、あなたといると明日、いや宇宙がおかしくなっちゃうのよ。どうして体重計の針が急に動いたり、一瞬だけ見えにくくなったり、顔が真っ青になったりする訳?」

「それは……」

「いやね、私は信じてないわよ。でもね、宇宙がそんな物見たって幼稚園で同じ組の子に言い触らしたらどうなると思う?間違いなくあの子嘘吐き呼ばわりされて一人ぼっちになっちゃうわよ」

「言い触らしてないんだろ、だったらそんなに問題ないんじゃ」

「あなたこそ宇宙の思いを過小評価してるんじゃないの!?悔しいけれど、宇宙は私よりあなたに懐いているのよ、今は我慢してるけど、その内パパの事を自慢したい気持ちで一杯になるに決まってるの!」

「今さらなかった事にでもしろと言うのか、そんな無茶を」

「当たり前よ!ああそれとも何、私がそんな事を言うほど頭に血が上っているとでも言いたい訳!」

「だからさ、詰まる所どうしたいんだよ、それがわからなきゃ何も」

「時間をかけるしかないのよ、あんな馬鹿げた事を忘れさせるような。だからしばらく、そう二年間ほど別居して欲しいの」

「別居、離婚じゃなくてか」

「どうせこのまま別れた所であの子はあなたべったりでしょ、それじゃ意味がないの。私がお腹を痛めて産んだ子よ、精子を寄越したぐらいで大きな顔をすんじゃないわよ」

「要するにさあ、宇宙が欲しいのか?」

「当たり前よ、私の子どもなのよ!」

「だから俺には渡せないのか?」

「そうよ、宇宙なんて言うふざけた名前から解放してあげなきゃいけない、それが私の使命なのよ、あの子に真っ当な人生を送らせるための!」

「机って呼ぼうがデスクって呼ぼうが同じ物体だ、名前が変わったぐらいで一体何が変わるって言うんだ」

「屁理屈を言うんじゃないわよ!」

「…………残念だな、本当」

「何が残念よ、気取った風な事を抜かしておいて!だいたいね、私だってそうなんだけどね、ただの一人の人間が何をほざいた所でどうにもならないのよ!というか、一体どこから出したのよ、あんな娘を脅えさせるために安っぽい仕掛けなんか作る為に!」









 あーもう……パパもママもうるさいよー、せっかくきょうはにちようびでわたしおひるねしてたのにめがさめちゃったじゃないの、いったいなんなの?


「……ゴー・サインだね」


 ごーさいん……パパ、なんなのそれ?


「きゃっ、ちょっとあなた、何を!」


 ママ!?ママ、どうしたの!?ねえママ!!あれ、ドアがあかない!パパ、パパ、何があったの!



「仲良くしようよ、な」


 なぁんだ、パパはママとなかよくしたいんだね、そうだよね。なかよくするほうが、けんかするよりたのしいもん、ねっ。


「あら宇宙、起こしちゃった?ごめんね」


 ううん、へいき。ねえママ。パパと仲良くしてくれる?


「もちろん」


 ママのえがおってすっごくきれい、わたしやっぱりママがすき!パパのほうがもっとすきだけど。

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