きえるパパ

 ねえママ……?


「どうしたの宇宙?」


 わたしはきのうのことをきいてみた。


 どうしてわたしのことをあってよんですぐやめようとするの?


「いやいや何でもないの」


 なんでもなくないよ、なんかいもなんかいもいってるんだもん、おしえて!


「もうしょうがないわね、宇宙は何かうっかりして見落としちゃう事とかないの?」


 えーっと……ほんをとじわすれたままねちゃうとか?


「しっかりしてるわね、ママはうっかりすることが多いから、宇宙に声をかける前にあれ何か忘れてなかったっけってなっちゃうのよ。そういう事なの」


 でもわたしにこういうおはなしをするときのママはほんとうにしっかりしてる。ママがなんかうっかりっていうようなことやったことがあったっけ、わたしおぼえてない。


「宇宙ちゃん、お返事は?

 あっはい……!そんなことをかんがえながらようちえんにきたせいでわたしはせんせいのことばをよくきいてなくてあいさつがおくれちゃった。うっかりって、こういうことなのかなあ。


「わたしもあるよ、おきにいりのおはなのなまえをまちがえておぼえてて、スピートイーくださいっておはなやさんにいってスイートピーねっていわれたときはほんとうにはずかしくって」

「ぼくもー、きのうのゆうごはんにシチューたべたんだけどー、シチューにまっしろなブロッコリーがういてるよっていってママにわらわれちゃった」

「まっしろなブロッコリーって、もしかしてカリフラワーってたべもののこと?ああ、それならおれもあるよ」


 みんないろんなうっかりがあるんだね。そういえばみえちゃんはきょうずっとさえないかおしてるけどどうしたの?

 えっママがまちがえてねんちょうぐみのおにいちゃんのくつをはかせちゃったんだって?ママだってうっかりってあるんだね、じゃあうちのママがうっかりするのもよくあることなのかな。


「お昼寝の前にみんな、ちゃんとおトイレに行っておくようにねー」



 うさぎとかめのおはなしをききおわったあと、おべんとうをたべてそしておひるねのじかん。そのときせんせいはいつもそういう。それでいつもどおりわたしもトイレにいっておしっこをすませておひるねしたんだけど、おトイレにいかないでねちゃうこもなんにんかいる。それもいつものこと。でもきょうはいつものひじゃなかった。


「あーっ……!」


 となりのくみからおっきなこえがきこえてきた。わたしがめをさましてよくきくとどうもとなりのくみのおんなのこがおねしょをしちゃったみたい。


 ほんとうはうちのくみにもそういうこはけっこういるし、きょうもひとりいたけど、ちょっとおちこんでたけどそのうちなおるからですぐおわった。




「ふーん、宇宙も気を付けないとね、今日は暑かったからきっとたくさんお水を飲んでたのね……ね、うっかりって誰にでもあるのよ」


 そのことをママにいったらねえ、そのこはふだんおねしょをしないこだったからあんなにショックをうけてたのかなってママはいってた。

 うん、わたしもそうおもう。たしかにきょうはちょっとあついからわたしもすぐみずをのんじゃう。あっ、またトイレ……。




 それからママといっしょにあそんだりほんをよんだりしているとチャイムがなった。あっパパ、お帰りなさい!

「本当、宇宙はあなたになついてるのね……」

 ママ、どうしたの……そんなにさびしそうなかおをして。

「いや、何でもないの……ただね、ちょっとママにも……」

「宇宙、ママが淋しがってるぞ。今日はママに甘えてやれ」


 パパがそういうのならば、ね。だからわたしはママにおもいっきりだっこしてっておねがいして、そしてやってくれたけど、やっぱりパパのだっこのほうがわたしはすき……。



 あれっ、パパがきえた!?


「なにいってるのよ、どれどれ……あ、あっ、ほらちゃんといるじゃない!」



 あれっちゃんといる、でもさっききえてた……よね。



「何言ってるの宇宙、落ち着きなさい。そんな事ある訳ないでしょ」


 でもさっきほんとうにきえてたんだもん、ねえママ……。


「どうしたの宇宙、最近ちょっと変よ。どうしてパパがいなくなるの、じゃあここにいるのは誰?」


 ほんとうにちょっとのあいだきえたんだよ、ほんとうだよ……!


 そのことについてパパはなにもいってくれない。そうだよね、パパがなにもいわないってことはわたしのみまちがいなんだよね……そうだよね。

「宇宙、今度のお休み、ちょっと寄りたい所があるから付いて来てくれる?」

 うん……でもママ、どうしてそんなにこわそうなかおをしているの?

「いや、そんなことはないって、そんなことは……」


 さいきん、パパをみるママのかおがちょっとずつこわくなってる。パパとママどっちがすきかっていわれたらパパのほうがすきだけど、ママもすき。だからなかよくしてほしいのに……どうしてなんだろ。








「ちょっと、何これ……ああ宇宙には関係ないの!」


 きょうのママはこわい。いったいなにがあったのっていってもママはこんなありさまでわたしのことなんかぜんぜんきにしてくれない。


「ちょっと宇宙、この前の日曜日の事、覚えてる?」


 キャンプのかえりみち?


「ちがう、その二週間前、つまり三週間前の日曜日!」


 ママってすごいんだね、そんなまえのことわたしよくおぼえてない。なにがあったんだっけ?


「その時さ、パパは日曜日だけど仕事があるって言って宇宙とも遊ばずに外に出かけちゃったじゃない!」


 ああそうだったよね、それがどうしたの?


「本当はねえ、競馬って言う賭け事をしに行ってたのよ!それで勝ったのならばまだいいけど実際は外して3000円を無駄にしちゃったの!」


 ふーん、パパしっぱいしちゃったんだね。ってわたしがふつうにいったら、ママがものすごいかおをしてわたしをにらんできた。


「宇宙、あなた何とも思わないの!?大好きなパパに嘘を吐かれて悔しくないの、悲しくないの!?」


 パパってたいへんなおしごとしてるんでしょ、たまにはそういうことしないと…ああママ、どうしたの、どうしてないてるの!?


「泣いてないから、泣いてないから………」


 わたし、なんかへんなこといっちゃったのかなぁ……。

 パパがかえってきた。とりあえず、なんでうそついたのっていってみた。


「いやまあ、それはさあ、ごめんな宇宙……」


 パパはあんまりはんせいしてないみたい。でもあたりまえだよね、わたしだってママがあんなにおこるから、ママのためにいったほうがいいかなーっておもっていっただけなんだから。ほんとうはぜんぜんおこってない、パパにはそんなことなんかおみとおしなんだよね、そしてママにも。


「宇宙……あのね、本当に、怒ってるの?お願いだから、本当の事を言ってちょうだい、ママは怒らないから」


 ごめん、パパ、ママ。わたしほんとうはぜんぜんおこってない。わたしも、うそつきになっちゃったんだ。べつにいいけど。


「ちょっと宇宙!怒ってないのならばなんでそんな事言うの!」


 そしてママまで……おこらないからっていったのだれ?だってさ、ママがものすごーくおこってたから、ママのためにおもいっきりおこってあげたほうがいいのかなーって。


「何かねー、わかんない……宇宙がここまでパパの事がすきになれるのか、例えばさ、もし宇宙が男の子だったんだって、パパが言ったら宇宙信じちゃう?」


 ママ、きゅうになにいってるの?わたしはおんなのこだよ、どうして?


「あのね、いくらパパの事が大好きだからって言って、何でもかんでもパパの言う事を全部まるまる信じちゃ駄目って事なの」


 どうしてそんなこというの?わたしはパパもママもだいすき、だいすきなひとのいうことでもしんじちゃだめだなんてどうして?


「だからねー、宇宙は自分が死ぬまでパパやママが生きていると思うの?宇宙はいつか自分の足で歩かなきゃいけないの。その時、ねえどうしたらいいのってパパやママに聞いた所で答えてくれる人はいないの」

「おいおい、四歳の宇宙にいきなり死ぬとか生きるとかってそんな話をするのはまだ早すぎやしないか」

「あなただってしてるでしょ!」


 たしかおほしさまって100おくねんぐらいいきるんだよね、でいまおひさまが46おくさいなんだって。それでパパはあと50ねんぐらいいきるだって。あっ、ママも。それで100おくっていうのは50を2つたしてそのうしろに0を8こもたしたかずなんだって、なんだかすごすぎてぜんぜんわからない。


「んな事言ったってなあ、俺らの寿命はあと平均50年もあるんだぞ、いや宇宙が成人するまでと考えてもあと16年だ。お前のお母さんは確か今年で58歳だったよな、50年前の小学校二年生が親が明日にも死ぬかもしれないとか考えてたのか?」

「考えていたかもね。だって6歳の誕生日の時飼っていたダイチって名前の雄猫が死んじゃって、その時にはもう一晩泣き通しだったんだって、その時さあ」

「いやさあ、悪いよ。勝手に行ったのはさあ、ごめんな二人とも」

「何が二人ともよ、全くもう!」


 あっ、パパのかおが、まっさおになってる!ほんとうに、ようちえんでつかうクレヨンのあおいろみたいに、おそらのあおいのとかとはちがうあおさだよ、ねえママ!


「……全く、子どもってのは大人以上に感覚が鋭敏って言うのは本当ね。大体あなたが……」


 ……でも、まっすぐパパをみながらおこっているはずのママはぜんぜんきにしてないみたい。どうして?どうしてなの?

 なにかがこわくてふるえちゃうことをかおがまっさおになるっていうのはわたしもしってる。でもパパのかおはほんとうにまっさおだった、ねえママ、にんげんってあそこまでおかおをあおくすることができるの?


「よっぽどショックだったんでしょ、隠していた物を私に見つけられちゃって。確かに見たけど、そんなに驚くほどだったのかしら…全く、宇宙をここまで脅えさせるなんて悪いパパよね……」


 わたしがちゃんとみたっていうのにママはしんじてくれないのは、ちょっとかなしい。

 そして、ママがパパのことをわるいパパっていったことは、わたしすごくかなしい。


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