うでのながさ

 きょうのおふろはママといっしょ。わたし、ほんとうはパパといっしょのがいいんだけどなー、でもママもすき。


「ねえ宇宙、教えてちょうだい、ママのお腹どう思う?」


 ママのおなか?うーん、よくわかんないけど、このまえいっしょにおふろにはいったときとそんなにかわんないかなーってわたしはおもう。そういったらママちょっとがっかりしてた。そういえばさいきん、ママあんまりごはんをたべてないけどどうしたの?


「ママちょっと最近食欲がなくてね……ああごめん」


 ママはわたしにそういいながらうしろをむいて、とつぜんゴホゴホっておとをだした。わたし、このおとしってる。せきっていうんだよね、からだがあまりげんきじゃないときにでてくるおとなんでしょ。ママだいじょうぶ?


「大丈夫だから……」


 ママはそういってるけどわたしすごくしんぱい。はいママこれ!わたしがねつがでてくるしいときにわきにはさんでくれてるのもってきたから!


「ありがとう……」


 たしかこのまえわたしがようちえんにいけなくなったときは377ど、いや37.7どあったんだよね。ママをもしかしてそんなすうじなの……あれ?36.1ど?


「この36.1℃ってのは普通の体温なの、だからさっきのも全然大した事じゃないの。ママの事を心配してくれるのは嬉しいけど、今日は大丈夫だからね」


 じゃあさっきのはなんだったんだろう?


「お前さ、咳止め薬でも飲んだらどうだ?それぐらい買って来てやるよ」

「だから大した事ないんだって、もうこの子ったら大袈裟で」

「せっかくお前の事を心配してるんだから、素直に従ってやるのが親心って奴じゃないかな、まあそんなに高いもんじゃないし、取っといたら役に立つかもしんないだろ」


 わたしにもわかる、パパがせきどめのおくすりをかってくるっていってるのにママはかってこないでほしいっておもってるって。どうしてなの?ねえどうして?


「薬買いに行く暇があるんだったらさ、この資料を見てよ」


 ママはたくさんのかみのたばをテーブルのうえにおいた。いったいなんだろう、これ。


「お前な、こういうのは焦って決めてもろくな事はないぞ。ちょっと冷却期間をおいてから見た方がいいんじゃないのか」

「そんな暇はないわよ、だって締め切りがあと三日ってのもあるぐらいだし」

「もう諦めろよそんなもん、もう予定が一杯じゃないのか、でないとするとどうせ大した代物じゃないだろ」

「あなたって詰まる所何なの、やる気がないの?」

「昨日1時間も資料を眺めておいてそれかよ?」


 あっ、なんかまたパパとママがいいあらそおうとしてる。


「ふんふん、えーと、どうかな、次は……他に何か言ってた?」

「言っちゃ悪いけどさ、1時間の内55分ぐらいはお前が喋ってたぞ。大体、お前の説明だけでそんなにかかるほどの資料を持って来られても、船頭多くして船山に上るって言うかさ……」

「その船頭の中から山に上らないのを見つけるのが私たちの仕事でしょ!」

「だからさ、その為にも頭を冷やせって」


 やめてよ、そんなふうにパパとママがけんかするのをみたくないよ、わたし!


「あっ、うん……」

「そうだな、ごめんな宇宙……」


 おかげでパパとママはだまってくれたけど、ママのかおはあまりかわってない。どうしてママはそんなにきげんがわるいんだろう?

 ああそういえばパパさ、きょうおふろでママわたしのおなかどうかなってきいてきたの、パパどうおもう?


「うーん、別に変わんないじゃないかな」

「本当に?」

「本当だよ」

「じゃちょっとこっち来て」


 ママはパパをおふろばへつれていった。ママもうおふろはいったよね、どうしたまたおふろばにいくの?


「ほら見ろ、体重なんて急激に減るもんじゃないんだよ。一週間前に今度の週末山に行こうってなった時から慌ててダイエットしようとしたのがさあ」

「やらないよりはずっとましでしょう。そういうあなたはどうなの?」


 パパとママはたいじゅうのはなしをしてるみたい。でもへんなの、わたしたいじゅうのすうじがおおきくなったらうれしいのに。


「ちょっと宇宙、こっち来なさい」


 おふろばのかげにかくれているのがばれちゃったのか、ママがわたしをよんでる。おふろばではパパがパンツだけになってたいじゅうけいっていうのにのってた。えっと60、61、62、6……あっ63のとこにはりがある。


「63キロ……やっぱり増えたんじゃない、あなたも……あれっ?」


 63でとまってたはりがきゅうに62のとこにうごいちゃった?どうして?


「やっぱり古いからなこれ…体重計も新しい奴買おうか?」

「ああそんな時期かもね、って言うかこれ20年前の物で私が高校に上がる時にお母さんが買ってくれた物よ、そりゃ古いわよね……」


 たいじゅうけいがふるいからあんなことがおきたのかなあ、どうもわかんない。



「体重が重いって事はね、無駄なお肉が付いていて不恰好に見えるって事。お相撲さんとかは無駄じゃなくて必要なお肉だからいいけど、パパもママもそんな事をするお仕事じゃないし……」

 それでママになんでたいじゅうがおもいのはだめかってきいたらそういってた。ふーん、おとなってむずかしいんだね……。




 どうしたのパパ。なんかちょうしがわるそうだけど。


「ああ宇宙か、ちょっと肩が凝っててな」


 たいへんだね、パパ……きょうもおしごとがんばってね。


「いってらっしゃい……ったくもう」


 それでパパをみおくるママはきのうよりもっとふきげん、どうしたの?


「覚えてるでしょ今日の事、自分が出たかったなとか言っておいて、肝心なその日にあの有様ってどう?」


 うーんよくわからないけど、おしごとたいへんだねって。


「宇宙はほんとうにいい子ね、とにかく、今日は一緒にがんばりましょう」


 ママはどこかへんなわらいがおをしながらわたしのてをにぎって、わたしをようちえんへつれていった。ふだんはもうねんちゅうさんだしひとりでいくけど、きょうはとくべつなひだからふたりいっしょ。




「今日は親子リレーをしまーす」


 きょうはわたしのママだけじゃなく、みんなのママがいっしょにきてる。まずわたしたちがおにわを1かいぐるっとまわって、そのあとママが2かいまわるの。


「さて園児の皆さん、お母さん方、今日は全力で頑張りましょう。そしてその後はみんなで仲良くしましょう」


 えんちょうせんせいのあいさつがおわった。わたしとママは2ばんめの3って所らしい、はやくさいしょのリレーおわらないかなあ……あっはじまる!


「では位置について」

「せんせい、ちょっとまって!」

「あれ、どうしたんです太一くん」

「ちょっと、おしっこ……」


 たいちくんはせんせいがいいですよっていうまえにあわててトイレにかけこんでいった。みんなわらってたけど、みんなはおしっこにいきたくなってないの?わたし?わたしはへいきだよ、だってちゃんとさっきトイレにいってきたんだから。


「やれやれ、大丈夫そうで何よりです。それでは位置について……よーい」


 せんせいがならしたかねと共にみんなはしりだした。ほかのこたちはほぼおなじぐらいだったのに、たいちくんだけはおくれちゃってた。やっぱり、さっきおしっこおしっこっていってはしったからつかれちゃったのかな?


「さあ、先頭は正二くん、正二くんが今お母さんにバトンを渡します」


 それでたいちくんがたいちくんのママにバトンっていうのをわたしたのは、6にんのなかの5ばんめ。しょうじくんのママとはだいぶはなれちゃってる。たいちくん、おしっこのせいでリレーにまけちゃうの?なんかかわいそう。


「おっとここで太一くんのお母さんがすごい勢いです、もう2人を抜いて3位まで上がって来ました」


 とおもったらたいちくんのママがはやい。すごいママ。しょうじくんのママにはまけちゃったけど、5ばんめから2ばんめまであがってきたのはすごいとおもう。


「宇宙、トイレ行って来た?」


 ママ、わたしはだいじょうぶだって。それよりさ、たいちくんのママはやいよね。


「だからこそ、太一くんをちゃんとトイレに行かせておけば勝てたかもしれないのに、準備を怠けるって言うのはああいう事なんだからね、宇宙も覚えておいて」


 ママ……どうしてママはすなおにたいちくんのママはやいねっていえないの?わたしよくわかんない。


 とにかく、つぎはわたしとママのばん。


「位置について……よーい」

 わたし、おんなのこのなかではけっこううんどうがとくいなほうなんだ。だからきょうもがんばってはしって、ぜったいにいちばんになる。そのつもりではしったら、ほんとうに1ばんでバトンをママにわたせた。ママ、がんばって!


「宇宙ちゃんのママが飛ばします、宇宙ちゃんのママ早いです」


 ママがんばれ、わたしといっしょに1ばんになろうね!それいけそれいけ、もっとがんばれ、そしてあと1かいまわって!


「さあ宇宙ちゃんのママがぶっちぎりで飛ばしてま、ああっと!」

 

 あっママがたおれちゃった!だいじょうぶ、いたくない?いたいのいたいのどっかいっちゃえ、そしてはやくたちあがって、はやくしないとうしろがきちゃうよ!


「ここで瞳ちゃんのママが宇宙ちゃんのママを抜いた、宇宙ちゃんのママ追いかける、けど勝ったのは瞳ちゃんとそのママ!」





「そうか……残念だったな、でも宇宙のおかげで2番になれたんだ、2番って事はな、4人に勝ってるって事なんだぞ、十分偉いじゃないか。その調子で次は1番を目指すんだ」


 パパがはげましてくれてるのはわかるけど、やっぱりくやしい。ママがころんでまけるのなんてやだ、わたしがころんでまけたほうがまだいいよ。


「まあな、世の中ってのは何もかも自分の手によって動くもんじゃないんだ。他の子のおかげで宇宙は笑ったり泣いたりする事だってあるだろう?そういう事だ。ママをあんまり責め立ててやるなよ」


 ママはひざこぞうにばんそうこうをはりつけながらほっぺたをふくらませてた。やっぱりママもくやしいんだね、つぎはぜったいかとうねママ。


「さて俺は風呂に入るから、宇宙も一緒に入るか?」

「今日は私と入らせるから、ごゆっくりどうぞ」


 パパはそういいながらワイシャツっていうふくをぬいだ……あれ?なんかへん。


「どうした宇宙?まさか下着が後ろ前だったとか…」

 いや、ちがう……そうじゃないけど…………。


 あっママ、パパみぎうでがひだりうでよりちょっとながいよ!



「そんな事ないでしょ?本当に?」


 ほんとうだよ、パパのみぎうでがひだりうでよりすこしながかったんだよ!


「ふーん……」


 ほんとうだってば、まじめにきいてよ!


「宇宙、パパはね、机の前にずっと座ってパソコンっていう機械のキーボードって言うのを打つのが主なお仕事なのよ」


 それと、うでのながさがちがうのとどうかんけいがあるの?


「ずっと同じ状態でいると、肩が凝るの。肩が凝っちゃうと、筋肉が寄っちゃってね、片方の側の肩が高くなっちゃってるって事なの」


 えーと、その、わたしいみがよくわかんないんだけど……


「だから、パパはお仕事を一杯してるから右の方、そうこっちの肩が高くなってそれで腕が長くなったように見えたの」


 そうなの?


「ママを信用しなさいよ、だって私パパと結婚する前は服を作るお店で働いていたんだから、そういうお客さんも何人も見て来たの。だから今のパパもそうなの、ちょっと疲れてるのかなあ、そこはママに任せておいて」


 うん……じゃあ……。


「宇宙、あなた全然納得してないみたいね。いい?さっきママは肩凝りのせいだって言ったけどね、そんな事は一日や二日で起きる事じゃないの。宇宙はこの一年間で八センチ大きくなったけど、一日寝て起きて八センチ大きくなって後はそのままじゃなくて、一年かけて八センチ大きくなったの。同じようにパパもいつからそうなったかわからないけど時間をかけてああなっちゃったの。わかったら早く寝なさい」

 わたし、ママのいってることがわかんないわけじゃない。でも、そんなかんたんにおわらせちゃっていいのかなあ。

「あなた、最近疲れが溜まってるんじゃない?だって先週の月曜日から今日まで、キャンプも含めれば十日連続で外に出て動き回ってるのよ」

「大丈夫だよ、オフィス内での仕事じゃそんなに疲れないって」

「確かに一日二日ならね。でもあっ、いや宇宙が心配してるのよ。パパの腕はどうなっちゃってるのかって」


「そうか、それはまずいな……じゃあ宇宙には悪いけど今度の土日は、って言うかさっきのあっ、って何だい」

「いや、何でもない……わよ」


 わたしおぼえてる、わたしにむかってあってこえをかけてこようとしたことがなんどもあるの。わたしのなまえはそらなのに、どうしてあっていうんだろう?


「とにかく頑張ったからな、宇宙にはおパパから小遣いをやろう」

「ちょっとあなた、たかがそれぐらいで千円も出すなんて」

「悪いけどさ、今小銭がないんだ。だからちょっと宇宙の小銭をくれないか?」


 このかみきれのほうが、わたしがもってるこうかっていうおもたいのぜんぶあわせての2つぶんぐらいのかちがあるんだって。ふーん、とにかくおとうさんありがとう。

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